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【小説の中の偉人・原敬】(上)平衡感覚抜群初の平民宰相

2008.6.2 01:48

 日本初の平民宰相、原敬は大正10(1921)年11月4日、東京駅で青年、中岡艮一(こんいち)の凶刃に倒れ、65歳で生涯を閉じた。だが、さかのぼること8カ月半、その年の2月20日に、原は遺書をしたためていた。殺されることを予期していたのだろうか。明治8(1875)年、19歳のころから日記をつけていたが、遺書には「死後数十年は世に出すな」と書いてあったという。

 『原敬日記』が世人の目に触れたのは昭和25(1950)年秋。舟橋聖一は29年春に長編『夜のリボン』を著した。原が大正2年に第1次山本権兵衛内閣で内務大臣となったあたりから亡くなるまでを骨格に、原を取り巻く若い男女の恋模様を描いた作品だ。原敬日記からの抜粋も数多くある。

 原が初の平民宰相となったのは、爵位がなかったからだ。叙爵の話はなかったのだろうか。

 原敬記念館(盛岡市)の久保田さやか研究員は「そういう話は6回ほどありました。彼は事前に爵位の話を察し、自分に爵位が来ないよう根回ししていました。爵位に対し冷ややかな考えを持っていて、例えば、桂太郎は首相在任中に爵位の大盤振る舞いをしたときがあったのですが、原の日記を読むと、それは一時期の人気取りの振る舞いだと書いています」と説く。

 「仮に爵位を持つと、貴族院に移らなければいけない。原は藩閥政治より政党政治を目指していた人物ですから、衆議院からは離れられないとの思いがうかがえます」とも。やはり民意の代表者でありたいという気持ちが強かったのだろうか。

 『夜のリボン』にも「(首相の)原敬一人が、依然として無爵の人であったのは、もとより彼自身の意思に基くもので、内議では、伯爵を授けられ、旭日桐花大綬章を賜わることに決していたが、彼は伯爵のほうは固辞し、大綬章のみを拝受したのであった」とある。

 原敬が暗殺されたのは、軍部と対立したからとの見方がある。特に、陸軍の参謀本部を廃止しようとしたことは、右寄りの連中の反感を買った。

 『夜のリボン』の中で、原は右翼の若者に「有能な参謀本部とても、その職分を逸脱するに及んでは、国家の害となりましょう」「日本即ち陸海軍ではない。(中略)国民あっての国家ですぞ」と諭す。

 久保田さんは「原は、国際社会の中で日本を孤立させないように、あくまでもアメリカやイギリスと協調路線を保った中で日本を育てていこうとしていました。軍部の勢い過ぎた行動を警戒し、軍部が増長しないようにしていた。個人的な理由で嫌ったというのではなく、やはり平和を崩さないようにした。原はシビリアンコントロールを断行しています」と解説する。

 参謀本部を解散するよう動いたのも「参謀本部の行き過ぎた行動は天皇の統帥権を侵す行為にもつながるとみていたから」という。

 参謀本部がらみで、舟橋は、「すべて、ものは中庸が肝腎」とも原に言わせている。この点について、久保田さんは「原ほどバランス感覚があった政治家はいなかった、平衡感覚がある政治家の中では原がダントツと書いている研究者もいます」と教えてくれた。

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 岩手県出身の偉人の中には、小説に取り上げられている者も多い。その表現の裏には作者のどんな思いが込められ、偉人たちのどんな考えが隠されていたのだろうか。研究者らを訪ねて回った。(土樋靖人)

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 ■原敬 安政3(1856)年、陸奥国岩手郡本宮村(現盛岡市本宮)生まれ。幼名健次郎。新聞記者、パリ公使館書記官、通商局長、外務次官などをへて、明治33(1900)年、第4次伊藤博文内閣で逓信相。35年、衆院選初当選。その後、第1次・第2次西園寺公望内閣と第1次山本権兵衛内閣で内務相。大正7(1918)年、初の平民宰相。10年、東京駅丸の内南口で暗殺される。

 ■舟橋聖一 劇作家、小説家。明治37(1904)年、東京市本所区(現東京都墨田区)生まれ。『雪夫人絵図』『花の生涯』などの作品がある。日本文芸家協会初代理事長、横綱審議会委員長などを歴任。昭和50(1975)年、文化功労者。翌年死去、71歳。彦根市(滋賀県)が昨年、従来からの舟橋聖一顕彰青年文学賞・文学奨励賞に加え、舟橋聖一文学賞を創設している。

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