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【酒屋万流】(3)古典手法で追う新しい理想

2008.5.10 02:53

 ■ 「生もと造りは現代でも最高と確信」

 機械化などにより画一化が進んだ酒造業界にあって、今や廃れてしまった古典的な酒造りを続けている酒蔵がある。それは懐古趣味などではなく、日本酒が新たな領域に達するには不可欠だからだという。

 4月21日、その冬の酒造りがすべて終わる「皆造」を迎えた福島県二本松市の大七酒造では、ベテランの蔵人が、搾る直前の最後の「醪(もろみ)」をかい棒で黙々とかき混ぜていた。タンク内の泡はすっかり消え、健強な酵母によってしっかりと発酵したことがうかがえた。

 醪とは、蒸し米や酒母、麹を合わせ醸造したもの。これを搾ると新酒になるが、「この蔵の醪は他とはまったく異なる過程を経て完成します」と、蔵の10代目社長、太田英晴さん(47)が教えてくれた。

 酒造りでは醪を仕込む前、アルコール発酵を営む酵母を培養する。その際、通常は市販の乳酸菌を添加するが、大七酒造では自然界に存在する乳酸菌を取り込んで繁殖させるのだ。これを「(き)生もと造り」という。しかし、江戸時代に確立されたというこの醸造法を、いまも主とする酒蔵は全国でも数えるほどしかない。

 戦後、多くの酒蔵が「生もと」より短期間で簡単にできる「速醸もと」に転換していった。それでも大七酒造は「『速醸もと』では理想の酒はできない」と、この伝統製法にこだわった。大七酒造で販売される商品はすべて生もと造りだという。

 「間違えないでほしいのは、私たちは過去へのノスタルジーから続けているわけではないということ。生もと造りは現代でも最高の醸造法だと確信している」と太田さんは強調する。

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 生もと造りでは、微生物の繁栄と淘汰(とうた)が繰り返される。

 低温に保たれ、麹や米、水が入った桶(おけ)では、まず硝酸還元菌や野生酵母などの微生物が増殖する。少し温度を上げると今度は天然の乳酸菌が急増し、他の微生物を死滅させる。ところが乳酸菌も、硝酸還元菌によって増殖を抑えられていた清酒酵母に淘汰されてしまう。その酵母の中でも、弱いものは途中で死滅し、生存競争を勝ち抜いた強い酵母だけが育っていく。適者生存の桶の中は、生物の進化の過程そのものといえる。

 生もと造りの強靭(きょうじん)な酵母は最後まで発酵が鈍ることなく「自然の力を十分に含んだ力強く豊かさのある味わいの酒になる」と太田さん。また大七酒造取締役の斎藤実さんも「うちの酒は燗(かん)映えして、冷めても決して味が崩れない」。厳しい環境を生き抜いた酵母だからこそ、こうした酒を生み出せるというわけだ。

 大七酒造は、この生もと造りの純米大吟醸で、平成13年と15年に全国新酒鑑評会の金賞を受賞した。

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 しかし、大七酒造の酒を鑑評会で見ることはもうないだろう。

 「2回金賞を取ったので、賞への挑戦は終わり」と太田さん。「鑑評会を意識した酒造りをすると、標準的な酒になってしまい、味わいに深さが足りなくなる」という思いもあった。

 ある酒造業界関係者は鑑評会について「淡麗で香りが華やかな酒が高い評価を受ける傾向にある。賞を狙うと、どの蔵も同じ方向性の酒造りに流れてしまう」と指摘する。

 出品をやめるにあたって、大七酒造は「世界市場で評価される最高峰の酒を目指す」ことを目標に掲げた。

 太田さんは「力強くてコクが深く、かつ洗練され、年月を経てさらに進化していける酒を造りたい」と語る。それはつまり、これまでの日本酒の通念とは対極ともいえる、ワインのような長期熟成酒を意味する。

 実現には時間の経過に耐えうる酵母が必要となり、そのためには、強靱な酵母だけが生き残る生もと造りが最適なのだという。大七酒造は一度消えかけた古典的な製法で、日本酒の新たな概念を生み出そうとしている。(山口圭介)

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【用語解説】生もと造り

 日本酒の核となる酒母を造る作業で、雑菌を抑えるため人工的に乳酸菌を添加するのを「速醸もと」と呼び、現代の酒母造りの主流となっている。一方、天然の乳酸菌を取り込んで仕込みをするのが生もと造り。「速醸もと」は10日〜2週間で酒母が完成するが、生もと造りは作業が複雑なうえ、1カ月前後かかる。腐造の危険も伴い、経験と高い技術が必要。

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