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【百年食堂物語inあおもり】(2)野辺地・松浦食堂 東北線とともに歩み

2008.8.28 02:36

 日本鉄道が東京−青森間で全線開通した明治24年、「松浦食堂」は現在のJR野辺地駅前に誕生した。

 当初はそばやうどんのほか、長靴や文房具なども売る“何でも屋さん”だった。土間の真ん中に炉があり、長いすが四角く囲んでいた。汽車の時間まで、酒を飲みながら時間をつぶす人で店はいつもにぎわっていた。

 平成22年度の東北新幹線七戸駅(仮称)、新青森駅開業を控え、野辺地がどのように様変わりするのか。名実ともに東北線と歩んできた松浦食堂も存続の岐路に立たされている。

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 3代目の松浦敬祐さん(72)が妻のリツさん(72)と出会ったのは、学生時代。敬祐さんは栄養専門学校生、リツさんは短大生だった。昭和33年に結婚後、敬祐さんが病院で栄養士の仕事をしている間、リツさんは慣れない食堂の仕事の手伝いをした。

 敬祐さんに代替わりしたのは同48年。当時の駅は保線や営林、鉄道郵便のほか、魚や野菜の行商など、さまざまな職種の人々が行き交った。松浦食堂は彼らにとって、格好のたまり場となった。

 松浦さん夫妻は3人の子供に恵まれたが、食堂の経営が忙しく、子育ての時間はほとんどとれなかった。リツさんは「子供を段ボールに入れておくと、お客さんがみんなで面倒をみてくれた。子供のために、高価なバナナを持ってきてくれたこともあったねぇ」と懐かしむ。

 敬祐さんは「あのころのお客さんはみんな顔なじみの人だった。『誰々は注射が嫌いで、風邪をひくと医者から逃げて歩いたらしい』ということも分かるぐらい親密だった」と振り返る。

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 陸奥湾を臨む野辺地町は、かつて南部藩の商港として栄え、北前船により上方文化がもたらされた。同町観光協会によると、毎年8月中旬に行われる「のへじ祇園まつり」や郷土料理に、上方文化の影響が色濃く残されている。

 松浦食堂自慢の「茶粥(ちやがゆ)定食」は、地場食材をふんだんに使った郷土料理9品を少しずつ楽しめるのが魅力だ。

 約10年前、元NHKアナウンサーの鈴木健二さんが松浦食堂を訪れた。茶粥を出したところ、「今まで食べた茶粥とはお茶の香りが違う」と大喜び。これをきっかけに、メニューに茶粥定食が加わった。

 茶粥は豪商のだんな衆が二日酔いの朝、好んで食べたという。利尿作用や整腸作用がある薬草のカワラケツメイを使い、土鍋で約40分間炊きあげる。このほか、豆腐とゴボウ、浅草のりを使って魚に見立てた精進料理「磯部揚げ」や、ホタテ貝とネギをみそで溶いた卵でとじる「みそかやき」もおいしい。

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 敬祐さんとリツさんがいまもっとも心配していることは、2年後に迫った東北新幹線の延伸。小さな野辺地駅は新幹線通過駅となり、観光客の足が遠のく可能性がある。また、大型スーパーやドラッグストアの進出により、近くの酒屋などはみな移転した。

 「『隣で豆腐買ってこい』という店がなくなった。今でも店をやっているのは、生き残りっていうことだね。新幹線が通れば人の流れがどうなるか。それによって商売を考えないと…」。敬祐さんは新幹線延伸の影響によってはのれんを降ろすことを考えている。(米沢文)

 ■松浦食堂 茶粥定食(1500円、前日までに要予約)、ホタテ丼( 800円)、中華そば( 450円)。午前11時〜午後7時。日曜定休。青森県野辺地町上小中野のJR野辺地駅前。(電)0175・64・3004。

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