MSN Japanのニュースサイトへようこそ。ここはニュース記事全文ページです。

【特報 追う】夢は高校野球「初勝利」 八戸聖ウルスラ学院

2008.6.25 02:25

 昨年度、完全男女共学になった青森県八戸市の八戸聖ウルスラ学院高(中村敬子校長)野球部が今年度、県高野連への加盟(76校)が認められた。1人の男子生徒が立ち上げた野球愛好会からスタートして3年。ここにたどり着くまで苦難の連続だった。夏の甲子園を目指す来月の県大会に初めて出場するウルスラナインの“白球のドラマ”を追った。(福田徳行)

 放課後、ソフトボール部が練習するグラウンドの外野の一角に練習着に身を包んだ9人の野球部員の姿があった。1人黙々と走り込む部員の傍らで、バッテリーが投球練習をする。硬式球を使ったバント練習が終わり、バッティング練習に移る。「腹から声を出せ!」「適当にやるなよ!」。西沢悟主将(3年)がナインを鼓舞する。よく見ると使用しているボールはソフトボール、ホームベースに見立てているのは何とグローブだ。

 捕球体勢、山なりの返球…。お世辞にも基本ができているとは言い難い。輝かしい戦績を誇るソフトボール部の練習とはあまりにも対照的な光景が目に飛び込んできた。それでも、手を抜くことなく、ボールを必死に追いかける姿に高校野球の本質を垣間見た。

 もともと女子高だった同校に男子生徒が入学したのは平成17年度。同年秋に現副主将の三上尚武君(3年)が1人で愛好会を立ち上げたのが始まり。

 中学時代は野球部に所属。英語を勉強するため同校に入学したものの、女子高に野球部はあるはずもない。それでも野球への思いを断ち切れず、1人でソフトボール部員に交じって練習する日々が続いた。2年目になってようやくチームが組めるようになったが、練習についていけず退会者が相次いだ。

 だが、三上君の野球に懸ける情熱が佐々木正宏監督を動かした。「野球はいつでもできるが、高校野球は今しかできない」「野球にはやった人にしか分からない魅力がある」。チームを去って行った選手に佐々木監督は手紙と電話で説得。メンバーは戻ってきた。

 夏の甲子園大会が行われていた昨年8月、同市早起き野球協会と待望の練習試合が実現した。実は協会とは同4月に試合を行う予定だったが「あまりにもレベルが低すぎて、練習の段階で断られてしまった」(佐々木監督)。悔しさをバネに猛練習した。「試合をしていた時の生徒たちは生き生きとしていました」。佐々木監督は選手たちの成長を肌で感じた。

 “創始者”の三上君が海外留学中の同12月に待望の部として発足し現在、部員は11人。ほぼ半数が野球経験者だが「中学時代は背番号をもらったことがない生徒ばかり」(佐々木監督)。八戸高野球部から譲り受けた用具を使って、週末は学校から約10キロ離れた南郷区の球場で練習している。

 初の公式戦となった5月の春季大会地区予選は田子に13−1と大敗したが、確実に一歩を踏み出した。三上君は「ほかのメンバーやこれまでサポートしてくれた人たちに感謝したい」と感慨深げ。佐々木監督は言う。「高校野球は特別なもの。どんな形であれ生徒にとっては財産になる。野球を通して社会に通じる人間性を磨きたい」。

 甲子園切符をかけた夏の県大会は7月10日に開幕する。「初出場、初勝利」を目指してウルスラナインが新たな歴史の1ページを刻む。

                    ◇

 ■学校法人「八戸聖ウルスラ学院」 前身は昭和6年創立の八戸和洋縫女塾。25年、カナダから来日した聖ウルスラ修道会の修道女によって学校法人「白菊学園」として再出発。平成元年に現在の校名となり高校、小学校、幼稚園を持つ。高校は普通科、英語科、音楽科があり、17〜19年度まで文部科学省の「英語が使える日本人」構想の研究校に指定された。生徒数は 442人(男子89人、女子 353人)。

PR
PR

PR

イザ!SANSPO.COMZAKZAKFuji Sankei BusinessiSANKEI EXPRESS
Copyright 2008 The Sankei Shimbun & Sankei Digital
このページ上に表示されるニュースの見出しおよび記事内容、あるいはリンク先の記事内容は MSN およびマイクロソフトの見解を反映するものではありません。
掲載されている記事・写真などコンテンツの無断転載を禁じます。