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【特報 追う】救命胴衣着用“妻たち”の訴え 海の男を変えた

2007.11.10 03:10

 青森県沖で10月末、漁船が転覆し船主(60)が命を落とした。船主は救命胴衣を着けていなかった。海上保安庁や漁協は指導を続けているが、救命胴衣着用を頑固に拒む漁師は多い。だが宮城県漁協雄勝町東部支所(石巻市雄勝町)はライフジャケット着用推進員に全国で初めて女性を任命し、1割程度だった着用率を半年で9割まで上げることに成功した。海の男たちはなぜ心変わりしたのか、現場を追った。(荒船清太)

 「海で死ねれば本望だ」−。石巻市の漁師、中里孝一さん(52)は数年前、救命胴衣を着けるよう指導に来た漁協職員の説得をそういって拒否したことがある。

 「ライフジャケットは有効」「着けていないと遭難したとき死にますよ」。そう言われても「そんなことは分かりきっている」と、心には響かなかった。

 実際、子供を船に乗せるときは必ず救命胴衣を着せていた。自分のこととなると拒んでしまうのは「本当の海を分かってない男にいわれても…」という漁師のプライドだった。

                  ◆◇◆

 中里さん自身、忘れられない経験がある。平成17年4月28日、東松島市の鳴瀬川河口付近で、中里さんと水産高校で同級生だった友人=当時(49)=の小型漁船が転覆。一緒に乗っていた24歳の息子など3人は救助されたり、岸に泳ぎ着くなどして無事だったが、友人は遭難した。

 中里さんも船を出し、漁協や塩釜海上保安部とともに捜索したが難航。遺体が見つかったのは、ちょうど49日を迎えた6月15日だった。

 「遭難したとき、ライフジャケットを着けていなかったらしい」。そんな話をあとで聞いた。

 「やっぱり着けないとなあ…」。中里さん自身そう思いながらも、その年は救命胴衣を着けることなく海に出ていた。

                  ◆◇◆

 署員の繰り返しの指導にもかかわらず、漁業者の遭難・事故死が後を絶たない現実に、石巻海上保安署は頭を抱えていた。そうしたとき「妻ならば」とアイデアが浮かんだ。

 同署は18年秋、3人の女性をライフジャケット着用推進員に任命した。その1人が県漁協雄勝町東部支所の女性部長を務めながら漁業を営む清水みや子さん(59)。清水さんには引き受けた理由があった。

 清水さんは5年前、夫=当時(59)=を亡くしていた。夫は大型商業船の機関長をやめ、故郷で小型の漁船で第二の人生を始めようとしていた矢先だった。新調した漁船に救命胴衣を着けずに乗り込み、港を出た。そして夫は帰ってこなかった。

 「馬力がある船に改造したから、あの人、スピードを出したくなったのかもしれない。無理にでもライフジャケットを着せていれば」と清水さんは悔やむ。

                  ◆◇◆

 清水さんら3人の女性着用推進員の呼びかけが始まった。「あなたの命は誰のもの?」。にこやかに、そして懸命に語る清水さんの横顔に、厳しく寂しい表情がのぞいた。

 同じ漁協に所属する中里さんは、もちろんその表情の意味を知っていた。まもなく、中里さんは救命胴衣を着用するようにした。

 「けなげにがんばる姿をみると、断るのもかわいそうでさ」と中里さん。「自分は死んだっていいんだ。でもライフジャケットなしに遭難したら、家族やひと様に迷惑かけるじゃないか」と照れくさそうに語った。

 清水さんは先日、何度着用を頼んでも頑固に拒んでいた別の漁師が、そしらぬ顔で救命胴衣を着けて漁に出ているのを見つけた。

 「周りを見てちょっと恥ずかしくなったんじゃないかしら。理由はなんでも、着けてくれればそれでいいのよ」

 清水さんはそう言ってほほ笑んだ。

                   ◇

 ■進まぬ救命胴衣着用 水産業界では、漁業就業者のうち65歳以上が35・7%(平成17年)を占めるなど高齢化が進み、体力低下を補う救命胴衣着用の必要性が高まっている。しかし、18年度、漁船で海難事故にあった人の着用率は31%。プレジャーボートでの着用率52%の6割にとどまり、全国的には依然として3人に2人以上が着用していない。

 第2管区海上保安本部などは、20年4月から始まる1人乗りの小型漁船での救命胴衣着用義務化を前に、着用率100%に向け運動を強化していく方針だ。

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