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オッペケペ… 音二郎一座番付発見 (1/2ページ)
痛烈な社会風刺の「オッペケペ節」で知られた俳優、川上音二郎(1964−1911年)の一座の公演内容を伝える約100年前の印刷物「芝居番付」2枚が17日までに、福岡県内の民家で見つかった。
番付は芝居の内容や配役を知らせた広告ポスターのような印刷物で、1894年に東京の浅草座で上演された「壮絶快絶日清戦争」と、1908年に福岡県門司市(現北九州市門司区)の凱旋座で上演された「維新前後」の2点。いずれも早稲田大学演劇博物館にわずかに現存するだけの貴重な資料だ。
実家で仏壇の整理をしていた浜地啓子さん(58)=福岡市西区=が見つけ、「博多っ子純情」の漫画家長谷川法世さん(62)が館長を務める「博多町家ふるさと館」(同市博多区)へ寄贈した。
番付はいずれも縦約40センチ、横約60センチで、芝居の構成や配役を記した文字のほか、名場面の挿絵が描かれていた。「維新前後」の番付は、「川上」の2文字を図案化した枠で縁取られ、広島興行の際に印刷した劇場名の上に「門司市凱旋座」と赤書きした紙を張り付け再利用していた。
「壮絶快絶日清戦争」には、当時30歳の音二郎が自ら主演。一方、晩年近くの「維新前後」では興行主任として、原作を岡本綺堂に依頼。当時の歌舞伎界や地方で日の目を見なかった若手役者らを集めて男優一座を結成し、「革新興行第一団」と銘打って旅公演をプロデュースした。
浜地さんは「博多に住んでいた祖父の遺品だと思う。音二郎について長谷川法世さんが講演していたことを思いだし、寄贈した」と話しており、博多町家ふるさと館が展示を計画している。


