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【この人あり】ジュンク堂書店社長・工藤恭孝さん(3)「どこにもない」本がある
平成7年1月に起きた阪神・淡路大震災で経験したことは、工藤にとって一つの分岐点になった。
「よく開けてくれた、ありがとう」「頑張ってください」「ジュンク堂が開いていてよかった」。震災直後にやっとの思いで営業を再開したが、次々と訪れる客にそう声をかけられるたび、言葉にできない思いがこみ上げた。
どんな状況下でも本を必要としている人がいる−。利益や店の売り上げだけでなく、本の小売りを通じて人のために役に立つことができないか。震災以降、工藤はそれを強く意識するようになっていった。
「震災前までは、しょせん小売りの本屋という気持ちがあった。新しいものを作ったり、本を売るための工夫とは出版社がするもので、自分たちは完成品を並べておくだけだと心のどこかで思っていた」
だが、震災の経験を機にその考えは一変した。
本を愛する客と直接接することができるのは、小売店だけの特権だ。いや、出版社にはない本屋の醍醐(だいご)味だろう。震災直後のような非常時でさえ、本を必要とする客はたくさんいた。
「どんなときでもうちがつぶれたら困る人がいるんだ、という思いが今でも私の背中を押している」
その思いは今も、形をかえて経営方針に息づいている。全国展開を始めた当初は地方に大型店舗を出店すると、「また小規模小売店をつぶしに来たのか」と言われる。それでも、採算が取れるか取れないかギリギリであっても、専門書を扱う店の少ない地方を中心に出店を進めてきた。
さまざまな選択肢のある首都圏ではなく、地方で専門書を必要とする人のために、との思いからだった。「専門書店のない私たちの地方にぜひ出店してほしい」。ビルのオーナーに請われ、破格の賃料で出店した昨年11月オープンの28番目の店舗、秋田店のようなケースもある。
「わざわざ足を運ぶお客さまのために、他ではなかなか見つけられない本をそろえておきたいじゃないですか」
工藤はいまでも、1人の客として、店内を歩いてみて回る。店内にずらりと並んだ本の中には、自ら「こんな本誰が買うんですかねえ」と笑う本もある。1年に1冊売れればいいという本さえある。
だが、「ここになければどこにもない」と胸を張って言える。そんな品ぞろえが、ジュンク堂にはある。
(敬称略)