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【この人あり】ジュンク堂書店社長・工藤恭孝さん(2)全員の力で震災乗り切る
阪神・淡路大震災が起きた平成7年1月17日、工藤は、芦屋市内の自宅で就寝中だった。オートバイを駆って何とか神戸に戻ったが、店舗のある神戸・三宮の荒涼とした風景を見たとき、言葉が出なくなった。
「まるで戦争の後の光景を見ているようだった。大阪や東京では普段と全く変わらない日常生活が続いているのに、なぜ、と」
《阪神・淡路大震災はマグニチュード(M)7・3の都市直下型地震。6434人の犠牲者を出した。神戸・三宮センター街も大きな被害を受け、一部でアーケードが落下、倒壊した建物も少なくない。ジュンク堂1号店の入ったビルも全壊した》
工藤は急いで2つの店舗に向かった。1号店の店内は倒れた本棚が折り重なり、破裂した天井の送水管から漏れた水で、散乱した本は水浸しになっていた。一方、JR三ノ宮駅近くにあった2号店「サンパル店」は倒壊を免れ、工藤は再開を決断する。
幸い従業員に死傷者はいなかった。総出で壊れた棚を修理し、水で濡(ぬ)れた本を処分。東京や大阪の問屋に窮状を説明して大急ぎで新しい本を取り寄せた。「とにかく一日でも早く再オープンをという一心だった」。その思いは従業員も同じで、避難所からリュックサックを背負い、片道数時間歩いて通ってきた従業員もいたという。
震災から2週間あまりが経った2月3日、2号店は再オープンの日を迎えたが、実はその直前、工藤は冷や汗をかくことになる。
「何とも間の抜けた話ですが、『被災した方々に本を読む余裕などないのでは』ということに、そのとき初めて思いが至った」
店を開ければ、客が来なくても電気代などのランニングコストがかかる。夢中になっていたが、「客が来なかったら」とは考えていなかった。
オープン当日。店を開け、その不安が吹っ飛んだ。倒壊したビルの取り壊しさえ終わっていない中、開店を聞きつけた人が列をなしていた。いまでも、工藤はその1人1人の姿や表情を思い出す。
当時は大学受験のシーズン真っただ中。「大学受験の過去問(過去の入試問題集)を売ってほしい」。切実な表情で店員にそう問いかける受験生は多かった。それだけではない。「自衛隊の人に差し入れる」と本を大量に購入していく被災者。「被災した知り合いのお見舞いに行くのに地図がほしい」という人…。さまざまな本が売れた。
これほど力を尽くしたことがないというほど充実した日々を送った。振り返れば、アルバイトを含め1人も解雇することなく、全員で震災を乗り切っていた。(敬称略)