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【この人あり】変わらぬ「自治」問う姿勢 前兵庫県知事 貝原俊民(7)

2008.4.9 02:19

 昭和32年4月、旧自治省の上級職に採用された貝原はすぐに大阪府に赴任した。わずか23歳。上級職採用者は全国の道府県で「見習い修業」するのが通例だったからだが、同省に戻る36年までの4年間、税務や財務の実務に携わるとともに、後に知事となり、地方分権を推進するための礎がつくられた。

 ひとつは地方自治の現場を知る作業だ。大阪・ミナミの繁華街で、飲食店差し押さえ処分などを経験。それらを通し、市民がどう営み、税金を納め、税金が行政の何に生かされるか−という過程を学んだ。

 もうひとつ、大きな刺激を受けた体験がある。あるとき、上司にあたる大阪府総務部長の細郷道一(後に自治事務次官、横浜市長)にこう命じられた。

 「地方の行財政を学んだ学者が少なく、専門家の育成が必要だ。貝原くん、事務方をお願いできんか」

 設立された地方行財政研究会という勉強会で、事務方とはいえ、貝原は若い研究者らと議論を重ね、地方行政の問題点を知る。4年はあっという間に過ぎた。

 自治省復帰後もさまざまな部署で多くのことを吸収していく。財政局では地方自治体の公債発行の認可に携わり、地方行財政の全体像を把握した。出向先の消防庁ではスプリンクラーなど消防機器の国家検定制度の法制化を担当。本省の税務局では当時、固定資産税のあり方などが問題となっており、国会との折衝も増えた。税制だけでなく、政治全般を見渡せた。

 租税条約交渉に伴う米国ワシントンへの長期出張も含め、自治省時代の貝原は地方自治の基礎となる制度運用や政策立案に深くかかわった。土台を塗り重ねながら、知らぬうちに県政トップへの道を歩んでいたのだ。「研究や政策立案が性に合っていて、出馬など思いも寄らなかった」。61年に県知事に初当選したが、それが正直な感想だった。

 13年7月の任期途中での引退後も、政府の地方制度調査会などの委員を務め、平成の市町村合併や道州制の制度設計に参画。地方側の考えにかなうものになるよう数十回も上京し、議論に参加した。

 「中央集権の官僚システムと、中央で何でも決定したがる国会。そのうえ、依存、批判はしても自らは安易な生活をしようとする一部の国民意識。地方分権の前途はいまだ厳しい」

 地方自治、地方分権とは何か−。そのことを問う貝原の姿勢は、見習い時代の約50年前と変わらない。(敬称略)

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