ニュース:地方 RSS feed
【この人あり】震災復興の経験生かす 前兵庫県知事・貝原俊民さん(1)
平成20年1月17日。6434人もの命を奪った阪神・淡路大震災から丸13年を迎えた。マグニチュード7・3の都市直下型地震は誰もが想像すらしなかった恐怖とともに、大きな被害をもたらした。街はいま、その時の「教訓」をもとに復興しつつある。
「(震災の)教訓とは、世界を席巻している西欧の科学技術万能と極端な個の主張をいさめたこと」
当時、兵庫県知事として震災を経験し、その後の復興の陣頭指揮を執った貝原俊民は、独特な言い回しでそう語った。13年7月に知事職を辞し、74歳になったいまも、特徴的なフレーズは知事時代と変わらない。
貝原は現在、県が18年4月に設立したシンクタンク「財団法人ひょうご震災記念21世紀研究機構」の理事長を務め、震災とかかわっている。
《ひょうご震災記念21世紀研究機構は非常勤を含めて30人の研究員がおり、国際経済の野尻武敏・神戸大名誉教授、国際政治の五百旗頭真・神戸大教授=現防衛大学長=を中心に京都大、神戸大、関西学院大などの教授が参加した》
設立の経緯を、貝原は懐かしそうに振り返る。
神戸市中央区の財団法人阪神・淡路大震災記念協会の一室。目の前には現知事の井戸敏三がいた。貝原は当時、同協会理事長。自治省時代の後輩で、自ら副知事に招いた井戸がこう切り出した。
「(シンクタンクの理事長は)貝原先輩しかおりません。復興を先導し、震災を一番よく知る人なんですから」
井戸に頼まれて断る理由はなかった。何より自身も「震災の教訓を将来の兵庫、日本に生かす仕事はライフワーク」と考えていた。さらに、貝原の記憶は震災直後にまでさかのぼる。というのも、設立構想は震災後の復興委員会で議論され、復興特定事業として提案され、政府首脳へのアプローチなどを含め慎重な検討が続いていた。
《水面下でまとまった構想は基金1000億円規模。震災復興のシンボルにという野心的なもので、10兆円を超す復興事業予算の中では実現可能と思われた》
だが、当時の“自社さきがけ”の村山富市内閣が8年1月に退陣すると、政府の震災復興への熱は冷めた。政府主導のシンクタンク設立構想は立ち消えとなり、地元中心に阪神・淡路大震災記念協会としてスタートした。「構想を小さく産んで大きく育てる」ためだが、震災の教訓を生かすには、経験した地元でないとできないとも考えた。
研究機構は神戸東部新都心「HAT神戸」の人と防災未来センターにある。HAT神戸はWHO神戸センター、アジア防災センター、JICAなど防災、環境、人道支援のための国際機関の集積地だ。
「今年からネットワークをさらに充実させ、社会の安全・安心の研究や人材養成の集積地の中核機能を担えるように努力したい」
震災復興を指揮した知事、貝原の夢はまだ道半ばだ。
(敬称略)