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大田原宿繁栄の証し「金灯篭」、道路拡幅で7回目移転へ
奥州街道の大田原宿(栃木県大田原市)の繁栄をいまに伝える金灯篭(どうろう)が国道400号の拡幅事業に伴い移転する見通しとなった。昭和54年に現在の金灯篭交差点の端に設置されて約29年。今度はそのすぐ西側に整備予定のポケットパークに移る計画だ。金灯篭が建てられた江戸時代から数えるとじつに7回目の移転となる。
金灯篭は江戸時代の文政2(1819)年、大田原宿のだんな衆らが町内の安全や旅人の夜道の無事を祈願して建てた常夜灯。六角形をした石の台座には「江戸」「白川」の文字が刻まれ、道しるべの役割も果たした。江戸のころは宿場を通る奥州街道のほぼ中央に建っていた。明治に入ると街道の改修で現在の皇漢堂ビルの正面あたりに移転した。
昭和初期にそのすぐ東側に移ったが太平洋戦争中の「金属回収運動」で供出し、台座だけに。戦後、三斗小屋宿(那須塩原市)から金灯篭を譲り受け、ロータリーだった交差点の中央に設置。再び現在の皇漢堂ビル近くに移り、その後返却。昭和54年、地元商店街の有志が資金を出し合い3代目の金灯篭をつくった。写真から初代を忠実に再現したもので、現在の交差点の端に建立し落ちついた。
今回の移転は、400号の拡幅にあわせて金灯篭交差点を整備するためで、市が進める市街地活性化事業と一体的に進められる。
400号の拡幅事業については県大田原土木事務所が都市計画の変更手続を行っており、事業が認められれば、来年度中にも工事に着手する方針。計画では現在の15メートル道路を16、17メートルに広げ、金灯篭交差点付近は17メートルにして右折レーンが設けられる。金灯篭は交差点に隣接して市が計画しているポケットパークに移転する予定だ。地元では、すでに県による都市計画変更についての説明会が開かれている。
金灯篭に移転計画について、保存会会長を自称している自営業の大久保博さん(78)=大田原市新富町=は「7回目の移転となりそうだが、同じ町内の中なので特に問題はない。これからも愛着をもって大切にしていきたい」と話している。