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【ヨコハマ初めて博物館】(2)君が代 英国人が作曲し、薩摩藩が演奏 (1/2ページ)
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開港で国際都市へと変貌(へんぼう)を遂げた横浜で発祥したものは多くあるが、国歌「君が代」も横浜生まれだ。ただし、現在歌われている「君が代」は2代目で、横浜で作られた初代「君が代」はまだ和洋折衷しきれなかったなんとも不思議な楽曲だったという。
聴いてみよう! 初代「君が代」(MP3、2MB)
外国人居留地として栄えた横浜・山手にある「妙香寺」(中区)。ここが「君が代」生誕の地だ。敷地内には記念碑が立てられている。
日本吹奏楽指導者協会関東甲信越支部長の高沢智昌さん(86)によると、「きっかけは薩英戦争(1863年)だった」という。薩英戦争は、生麦事件を受けて始まった薩摩藩と英国との戦闘である。
「1869年、英国軍の軍楽隊が戦死者の葬儀で演奏するのを聴いた薩摩藩士が吹奏楽に関心を持った。楽長だったフェントン(1828年〜不明)に指導を依頼し、まずは20人の藩士が軍楽隊を結成して妙香寺で吹奏楽を習うようになった」
“敵ながらあっぱれ”ということだったのだろうか。
「翌年、明治天皇の閲兵があり、軍楽隊が初演奏することになった。フェントンは日本に国歌がないことを不思議に思い『君が代』の詞に曲をつけた」。これが後に現在の「君が代」につながることになった。
思いがけず歴史の舞台となった妙香寺。36代目住職の宇都宮恵頌さん(67)は「他にも広いお寺はあったのですが、領事館に近かったことや山に囲まれていて思う存分楽器の練習ができたことが良かったのでしょうか」と首をかしげる。同寺は震災や戦争で過去3回全焼しており、残念ながら記録は残っていない。
初代「君が代」だが、評判はあまり良くなかったという。
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![初代「君が代」を作曲したフェントンとされる人物(出典・山口常光編[目で見る吹奏楽百年史])](../../../../photos/region/kanto/kanagawa/090120/kng0901201035001-s3.jpg)


