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【日伯交流100年】(2)教育現場での共生
群馬県教育文化事業団の普及課長などを務めていた関田訓一さん(67)は平成元年、大泉町立西中学校の教頭に赴任した。「日本語をよく理解していない子供が1人いるな」。そんな印象をもった子供が日系ブラジル人だったことが後で分かった。日系ブラジル人の児童生徒は、町内に数えるほどしかいないころだ。
日系ブラジル人ら日本国籍を持たない小中学校の児童生徒数はこの当時、町内にわずか11人。しかし、2年に31人、3年には103人と飛躍的に増えていった。その後も増加の一途をたどり、10年には323人と、町内の全小中学校の児童生徒数4113人のうち、約8%を占めるまでになった。
「教育現場の混乱は何としても避けたかった」。関田さんは、日系ブラジル人らの受け入れ態勢を構築する必要性を強く感じ始めたという。
同町教育委員会は2年10月、町立西小学校など3小学校に一般公募したポルトガル語を話せる日本語指導助手を配置、4年4月には全小中学校で指導に当たれる態勢ができた。県教委も、助手の負担を緩和し、指導態勢を拡充するため、外国人子女教育加配教員を全校に派遣し、日系ブラジル人ら日本語を十分に理解できない児童生徒を指導させた。
同町委は、日本語の指導に使用する資料も作成した。都内の私立大学の協力を得て、日本語の文型を分かりやすく説明したり、使用頻度の高い漢字を優先的に習得させた。「日本語学級」として、1日1時間のペースで指導し、習熟度別にクラス分け行うなど、効率を高めた。
日本語の指導態勢を拡充できても、日系人同士の小競り合いには頭を悩まされた。保護者が学校に乗り込んで抗議することもあり、「国民感情むき出しで文句を言うので、どう対処していいのか困惑した」(関田さん)という。
「『日本人の子供だから』『外国人の子供だから』という問題ではない。必要な日本語教育を必要な時期にきちんとすることが、何よりも大切だ」
日本で暮らしていくには、日本人だけでなく、日系人同士でも、日本語で統一された教育環境が必要だ。関田さんは、教育現場での共生のあり方について、確固とした信念を持っている。