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共生への歩み−日伯交流100年(1)

2008.5.9 03:01

 大泉国際交流協会の山口武雄会長(67)が、会社社長として人材確保に奔走していた平成元年、大泉町にはまだ日系ブラジル人が200人しかいなかった。その当時、職種による制限なしに日系人の国内就労を認める入国管理法の改正問題が浮上。地元企業の代表者は「日系2世、3世は日本人のようなもの。雇用の安定につなげるべきだ」との意見で一致し、人材紹介を行う東毛地区雇用安定促進協議会を立ち上げた。

 山口会長は改正法が施行された2年6月の2カ月前に、協議会の会計責任者としてブラジル渡航に同行。施行後、約1年間で、約400人の日系ブラジル人を約70社に紹介する実績をあげた。現在、約5000人の日系ブラジル人が住み、「日本一外国人密度の高い」とされる町とブラジルとの交流は、労働者の受け入れから始まった。

 当初は、言葉や生活習慣の違いから、ごみの分別などを知らない日系ブラジル人と、日本人との間で生じた摩擦は深刻だった。近隣の日本人はルールを守らないと腹を立て、「外国人のアパートがある。きたない」などと、偏見の目で見るようになった。山口会長の会社で働く日系ブラジル人も、例外ではなかったという。

 山口会長は、妻のスエさん(67)さんと身ぶり手ぶりで徹底的にルールを教え込んだ。「コミュニケーションをとることはとても大切。毎日、『こうしたらもっと伝わるのではないか』と考えた」と山口会長。日系ブラジル人も山口夫妻の言うことをよく理解し、きちんと守った。

 日系ブラジル人の求人が高まった10年ごろから、求職者の職種や規模など、会社側の需要に幅広く対応できる人材派遣の専門会社が業務を代行するようになる。協議会は11年に解散した。

 山口会長は現在、「住居など責任をもって面倒みていた」協議会の細やかな配慮がなくなり、日系ブラジル人の居住環境が悪化することを懸念している。

 「日系ブラジル人に引き上げられたら、町が死んでしまう。これからも受け入れていかなければならない」

 国際交流協会長には13年に就任。日本語教室を開くなど共生に向けた取り組みに打ち込んでいる。

                   ◇

 20年はブラジルへの日本人の集団移民が始まって100周年に当たる。各分野で共生の変遷に携わった人物に尋ねた。

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