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広島原爆忌 祈りと誓い
広島原爆忌の6日、平和記念公園(広島市中区)では多くの市民らが原爆慰霊碑の参拝に訪れ、犠牲者の冥福(めいふく)と平和を祈った。
広島市西区の中尾ツユ子さん(90)は、人出の少ない午前6時過ぎに参拝し、原爆で倒壊した自宅の下敷きになって亡くなった妹の冥福を静かに祈った。
自身も別の場所で被爆。 約20年前からは、被爆体験や亡き妹のことを短歌に詠むようになり、歌集の自費出版もしている。「被爆体験を伝えるために生きていきたい」と誓った。
平和記念式典に出席した大阪市都島区の清水康弘さん(67)は、4歳のときに自宅で被爆。自身は無事だったが、外出していた父と兄は2度と帰らなかった。幼かったため、2人の最期の朝の様子は覚えていない。悲しい記憶を思いださせまいとして、母に尋ねることもなかった。
ところが、母が平成17年に他界すると、「聞いておけばよかった」と悔やんだ。そこから、生き残った兄妹4人で、それぞれが生前の母と交わした会話から、2人に関する情報を思いだす作業が始まった。また、広島の実家に帰省した際には原爆資料館の資料室などに足を運び、手がかりを探した。
その結果、2人のあの日の行動が分かってきた。兄は学徒動員の作業に従事する予定だったが、「腹が痛い」と言って学校を休もうとした。が、父が「ずる休みはいけない」と、兄を自転車の後ろに乗せ、爆心地から約600メートルの作業地に寄り、そのまま約350メートルの会社に出勤した−。
「父たちの最期に少し近づけたかな。心の整理がついた」と清水さん。「そっちでも仲良く暮らしてください」と慰霊碑に手を合わせた。
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