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【この一年】長野 聖火リレー

2008.12.30 02:51

 長野県にとって、この1年ほど世界を強く意識させられた年はなかった。北京オリンピックの聖火リレーでは、中国という国の特殊性と人権問題を印象づけられた。また、原油が世界の投機資金の標的となり、ガソリン価格の高騰が家計を圧迫。世界を飲み込んだ金融危機の嵐の中で、県内の製造業も大きな打撃を受けつつある。今年10月から来年3月までに職を失う県内の派遣社員ら非正規労働者は4193人で、全国2番目の多さだ。かろうじてスポーツ界での県勢の活躍が、県民に元気を与えてくれた。新年には、世界に明るい日差しを感じることができるように望みたい。

 今年4月、国内外の耳目が長野県に集まった。日本国内でただ1カ所、長野市内で行われた北京オリンピックの聖火リレーだ。

 五輪本番まで3カ月余となった4月26日、長野冬季五輪関連施設などを結ぶ18・7キロのコースでは、タレントの萩本欽一さんら80人のランナーが聖火をつないだ。しかし、世界を一つに結んで平和の祭典をアピールするはずだった聖火は、中国人留学生らが打ち振る中国国旗の赤い波、チベットに自由を求める在日チベット人とその支持者らの怒声をもリレーした。

 ギリシャのアテネを出発した聖火リレーは、チベットでの暴動と鎮圧の様子が報じられると、人権問題に敏感なヨーロッパの各都市でリレーは中国への批判の場と化し、抗議行動や妨害が相次いだ。そして中国と人権派の対立を描く縮図となった。

 当初は長野市のスタート地点に予定されていた善光寺も、仏教徒が多いチベットでの人権問題と、これに対する抗議行動などによる混乱の予想などから、実施直前に辞退を表明。出発地点の変更や警備態勢の見直しなどを迫られた長野市の実行委員会と県警は、対応に追われた。

 さらに、出発地点の辞退に関連してなのか、善光寺の国宝に指定されている本堂に落書きされているのが見つかった。一方でチベットの人権抑圧に抗議する追悼の催しが開かれ、リレーコース沿いの商店街では万一の事態に備えて店頭の看板や鉢植えなどを撤去。生徒の安全を考え、臨時休校を決めた私立高校もあった。リレー当日が近づくに連れて、市内には言いようのない緊張感と不穏な空気が流れ始め、市民の不安も高まっていった。

 いよいよリレー当日。市の中心部は夜明けから、「ウオー」という地鳴りのような響き、異様なムードに包まれた。それはリレーコースに近づくに連れて大きくなり、コース沿道では中国国旗とチベットの旗を持った集団が怒鳴り合う姿が見られた。乗用車の窓から上半身を乗り出してそれぞれの旗を打ち振り市中心部を走り回る姿におびえ、市民の多くが大混乱を思い浮かべた。

 それからの半日は怒涛(どとう)のように過ぎ、夕方近くになると街行く人の数もふだん通りになり、いつもの静かな門前町に戻っていた。翌日、リレーの出発地点をはじめとして、コース沿道に前日の騒ぎを思い起こさせるような痕跡はどこを捜してもなかった。

 リレーから3カ月余が過ぎて北京五輪が開幕し競技が始まり、県民は日本勢の活躍に一喜一憂。陸上男子400メートルリレーで塚原直貴選手が男子トラック種目初のメダルとなる銅メダルを獲得すると、故郷の岡谷市をはじめ各地から快挙をたたえる声が相次いだが、長野市民が“あの日”を話題にすることはなかった。

 次の開催地のロンドンに引き継がれた今、8カ月前の聖火リレーは、まるで市民の記憶からすっぽり欠落してしまったかのようだ。いや市民自身が、悪い夢の中の出来事として記憶の中から消し去ってしまったのかもしれない。

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