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【新響地】客員ロンドン特派員・葉加瀬太郎 政治にも揺るぎない信念を
蒸し返す夏が終わりセンチメンタルな秋が近づくと、僕はいつも決まってあのころを思いだす。なかでもあの年のあの長かった1日のことを。11歳の時、初めて挑戦した学生のためのバイオリンのコンクール。それからの5年間はこのコンクールというのが常に僕の生活の真ん中にあった。
毎年春に告示される課題曲。指定される曲は予選、本選ともにたったの5分ずつ。とはいえプロの演奏家も弾く難曲ばかりが選ばれた。その2曲、合計10分の演奏を半年かけてコツコツと仕上げていた。
まずは譜読み。毎日少しずつ勉強してなんとか楽譜どおりに弾けるようになるのに1カ月。つぎに週1回受ける先生のレッスンと参考にする演奏家たちのレコードから自分の表現に適した指使いや弓使いを考えていくのに3カ月。バイオリンの演奏にとってこれは、それぞれの個性が表れる最も重要なものだ。決めては悩み変更するというのを何度も行った。そして自分が目指す演奏のイメージが完全に出来上がったら、あとはもう繰り返し練習し、弾き込んで体に覚え込ませていた。
夏休みに入ると練習は佳境に入った。追い込みである。来る日も来る日も扇風機の風だけが救いという暑い団地の六畳間で、朝から晩までただただバイオリンと格闘していた。
そしてあれは忘れもしない中学3年生の時だ。9月に予選が始まり、そこで選ばれた10人ほどが翌月に行われる本選に勝ち進んだ。前年2位だった僕は最高学年ということもあって先生、両親をはじめ周囲からは当然だというように中学生部門の優勝を期待されていた。前夜、母親は夕食にステーキとカツレツを用意して僕を励ました。テキにカツ。関西ならではの定番セレモニーだ。正直言って自分自身も優勝できると確信していた。頭の中では翌日の新聞に載るインタビューの内容や写真うつりすら心配していたほどである。
しかし人生というのはそんなに甘いものではなかった。本番の5分間は1度しかない。予選は難なくパスしたものの優勝することばかり考えて本選に臨んだ僕は、半年かけて仕上げ、リハーサルでは決して間違えることのなかった課題曲「スペイン交響曲」の冒頭2小節目、演奏を始めて10秒しかたっていない最初の難関のハイトーンを見事にはずしてしまった。致命的な失敗である。あり得ないミスに舞台上の僕はパニックに陥った。そのあと何よりも辛かったのは残された4分50秒である。1位はおろか入賞すら危ういという中、最後までは弾き通さなくてはならなかった。
当たり前だがそんな状態で演奏したものがよいはずはない。僕の半年の努力は夢と散った。楽屋に戻った僕を慰めてくれる周りの人々が疎ましかった。自分の失敗は自分自身で知っていた。原因もわかっていた。自分の中のおごりはここぞ、というときに大切な力を奪ってしまう。どんな時にも忘れてはいけないのだ。成功への道はただひとつ、初心を忘れぬ謙虚さと揺るぎない信念の上に成り立っているということを。
最近の政治の行方を見ているとその最も大切なものを失った人たちがこの国を動かしているように思えてならない。(はかせ たろう)