ニュース: 政治 RSS feed
【政治家の隠れ家はここだ】福田政権誕生を支えた両派幹部が顔をそろえた店
■赤坂 浅田(東京都港区赤坂)
赤坂にある加賀料理の名店。その歴史は1659(万治2)年に、初代の浅田屋伊兵衛が加賀藩中荷物御用を命じられたことにさかのぼれる。1867(慶応3)年に金沢市に旅籠(はたご)「浅田」を開業。赤坂には、昭和46年に店を構えた。部屋は座敷が中心だが、一階には、もう少し気軽に利用できるカウンター席やテーブル席の個室もある。東京・青山(港区北青山)や名古屋(名古屋市中村区名駅)などに系列店がある。
加賀は今の石川県南部を指す旧国名。そういう縁もあって石川2区(小松市、加賀市など)選出の森喜朗元首相らの利用が多いが、その他の国会議員の姿もよく目にする。
6月26日夜、自民党古賀、山崎両派幹部がこの店に集まった。古賀派と谷垣派が5月に合併して新「古賀派」が誕生したことを、山崎派側が「お祝いしよう」という趣旨で開かれた会合だ。
会合では、「福田政権を作ったのはわれわれだ」との認識に基づき、「福田政権を支えていこう」という声が相次いだ。また、「衆院解散は、できるかぎり先延ばしした方がいい」という意見が多く出たという。
昨年9月の自民党総裁選は福田康夫元官房長官、麻生太郎幹事長(いずれも肩書は当時)の一騎打ちとなり、福田氏が大差で勝利した。両氏の得票差が開いた原因のひとつは、麻生派を除く8派閥が福田氏支持を表明したためだ。このときの8派閥の動きは「麻生包囲網」とも呼ばれた。その中でも、早い段階から反麻生色を強めていたのが、古賀、山崎両派だった。それだけに、両派には、自分たちが福田政権誕生のきっかけを作ったという自負がある。
ただ、最近の福田首相の動向をみると、道路特定財源の問題などをめぐり、古賀氏らとの間には微妙な空気も流れている。
とりあえず、「福田政権支持」を口にする両派だが、主要国首脳会議(北海道洞爺湖サミット)後にも想定される内閣改造の中身しだいでは、両派と福田首相との関係がぎくしゃくする可能性もある。そういうことを見越して、「今回の内閣改造が福田政権の終わりの始まり」になると指摘する自民党議員もいる。
内閣改造に踏み切るのか、見送るのか、踏み切るとすれば、どういう人選にするのか。福田首相にとっては、政権の命運を賭けた重大な決断となる。通常国会が閉会して、しばらく与野党の対決も休戦という雰囲気が漂っている永田町だが、福田首相はきわめて高度な政治判断を要求される厳しい局面を迎えようとしている。(政治部 五嶋清)