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【正論】「党争」と政策課題の軽重 東洋学園大学准教授・櫻田淳 (1/3ページ)
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≪寒々とした政治状況≫
福田康夫内閣発足以降の日本の政治は、「沈滞」の二文字を与える他はない状況である。それは、「失われた10年」と呼ばれた1990年代の政治状況に比べても、寒々としたものである。
振り返れば、戦前期、大正デモクラシーの歳月を経て定着したかに見えた政党政治の失墜を招いたのは、ロンドン海軍軍縮条約締結に絡む統帥権干犯問題の浮上であった。当時の浜口雄幸民政党内閣は、軍令部が要求していた補助艦艇の対米7割確保をいれない形で条約調印に踏み切ろうとしたけれども、政友会の犬養毅と鳩山一郎は、「条約調印は統帥権の干犯である」と政府の攻撃に走ったのである。この政友会の政府攻撃は、軍部や右翼を巻き込み、結果としては「政治が軍事を統御する」条件を決定的に切り崩した。
ちなみに、「戦後を作った宰相」であった吉田茂が、池田勇人や佐藤栄作のように後に「吉田学校」と呼ばれる顔ぶれを官界から政界に集めたのは、鳩山一郎に類する往時の政党政治家を全然、信用していなかったからである。
吉田は、往時の政党政治家が「党争」に走って帝国を破滅させたと認識していたのである。
実際、統帥権干犯問題以降、往時の日本は、昭和8年の国際連盟脱退、昭和13年の第一次近衛声明、昭和15年の日独伊三国軍事同盟締結といったように、「帝国の破滅」への坂を転げ落ちる。
国内統治での失敗は国民各層の努力によって取り返せるけれども、安全保障、対外関係、国際経済といったように日本の対外信用が懸かっている案件での失敗は取り返しがつかない。統帥権干犯問題は、そうした「取り返しのつかない失敗」の連鎖を招いたのである。

