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【明解要解】与党、「ねじれ国会」のかじ取り 取り込める中間政党なく難局
7月の参院選で与党が大敗した結果、参院で与野党勢力が逆転する「ねじれ国会」現象が9年ぶりに生じた。与党にとって国会運営は容易でない。福田康夫首相は野党との対話路線を敷くことで難局の打開を図る考えだが、民主党の小沢一郎代表は話し合いを拒否する姿勢を崩していない。(政治部 水内茂幸)
ねじれ国会の最大の問題は法案が成立しにくいことだ。憲法は国家運営に大きな支障がでないよう、「衆院の優先権」を認めている。予算や条約の議決・承認については、参院が30日以内に採決しない場合、自動的に衆院の議決が国会の意思となる。しかし、一般の法案の成立については、条件がグンと厳しくなり、「60日以内に採決しない場合、衆院で3分の2以上の賛成を得た再議決」が必要となる。
現在、テロ対策新法をめぐって注目されているのが、この「3分の2以上」という手段を使うかどうかだ。衆院議案課によると、現行憲法下でこの条項が使われたのは28件。昭和26年、参院が否決した「モーターボート競走法案」をめぐっては、民主党の小沢一郎代表の父・小沢佐重喜衆院議院運営委員長(当時)が「3分の2でいこう」と提案したことで知られる。ただ、「3分の2」再議決は昭和32年以降は例がない。
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一方、ねじれ国会では、法案成立数は減るが、成立率は逆に高くなる。平成に入りねじれ国会を経験した海部、宮沢、小渕の3内閣時代、内閣提出法案の成立率は、自民党が衆参両院で多数を占めているときより2〜4ポイントほど高かった。政府・与党が野党との対決法案の提出を手控え、提出数を最大約2割も減らしたことによるもので、結果的に国政の停滞を招いている。
過去、与党はねじれ国会をどう乗り切ったのか。
平成元年、宇野宗佑政権は、土井たか子委員長率いる社会党に参院選で歴史的惨敗を喫し、自民党は参院で少数与党に転落した。
後を継いだ海部俊樹政権は、社会党などの野党が共同提案した消費税廃止法案について、参院で可決されても衆院で実質審議に応じず廃案に追い込んだ。その半面、民社、公明両党を中心に消費税見直し議論は重ね、3年に両党の意見を盛り込んだ消費税見直し法を成立させた。培った信頼関係は、宮沢内閣に移行した4年、国連平和維持活動(PKO)協力法の成立に結びついている。
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また、10年には、参院で過半数割れしたまま橋本龍太郎政権を継いだ小渕恵三首相が、金融危機を回避するため金融再生関連法の審議で民主党案を丸のみ。裏では、野党の切り崩し工作も進め、野中広務官房長官が政敵だった小沢一郎自由党党首に「ひれ伏してでも」と協力を呼びかけ、11年1月に自自連立政権を樹立させた。公明党も取り込むため、「地域振興券」なる金券発行を受け入れた。
政権基盤が安定した小渕首相は、周辺事態法(日米ガイドライン)や国民総背番号制の導入など重要法案を次々に成立させた。
福田首相も海部、小渕両元首相同様、野党との協調路線を打ち出している。だが決定的に違うのは、今回は切り崩せそうな中間政党がない点だ。このため、早期の衆院解散の可能性も含め、波乱必至の政局が続くことになる。
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