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【櫻井よしこ 福田首相に申す】国家観なき「雇われ社長」
国際情勢は乱気流の真っただ中にある。乱世の指導者は命懸けで闘う責務を負う。歴史の潮流の大変化を乗り切る闘いでは、弱気は敗北につながる。侮られる。弱気と慎重であることの差は、指導者に国益実現の冷静な計算ができているか否かだ。国益を守るには、極限の重圧の下でも全知全能をしぼり出して、奥歯を噛(か)んで耐え抜く強さが必要だ。
「人が代わればうまくいくかもしれない」と言って、政権を放棄する最高指導者は、最初から指導者になってはならない。政治家になるのも慎むことだ。自身を客観的に見る能力があると自負する福田康夫氏は、己を客観視し、その不明を愧(はじ)よ。
一切の責任から解放され、のんきに過ごしてよいのだと言わんばかりの辞任後の行動は、氏が、日本国首相の職を雇われ社長の感覚で務めていたのではないかと思わせる。
辞任直後の3日、首相は防衛省で行われた自衛隊高級幹部会同に、代理もたてずに欠席した。同会同は、全国の幹部自衛官が最高指揮官の訓示を聞き、それを各部隊に伝えるための恒例行事だ。国軍の最高指揮官が故なく欠席することは、文民支配の鉄則からもあってはならない。
昨年11月、首相は同会同に出席しながら、自衛隊の栄誉礼・儀仗(ぎじょう)を辞退した。自衛隊を忌避するかのような姿勢は、最高指揮官としての資質を疑わせる。国家にとって軍と軍事力がどれほど重要な意味を有するのか、理解できていないのだ。
折しも9月9日、北朝鮮建国60周年の記念式典に金正日総書記が欠席、脳梗塞(こうそく)にかかるなど異常事態発生の可能性も否定できない。最高権力者が倒れ、北朝鮮は軍の集団指導体制に移るのか。果たして軍は一枚岩か。分裂しておのおの中国や米国、ロシアと結ぼうとする動きはないのか。その場合、事態はどう動くのか。
朝鮮半島に影響を拡大したい中国は、すでに数年前から北朝鮮有事に備えてきた。中朝国境への道路は事実上の軍用道路として拡張、整備済みだ。国境を形成する豆満江の中国側には、即、橋を架けられるように資材と装備も貯蔵済みだ。渡河訓練も怠りなく、国境には東北瀋陽軍区の中国人民解放軍が展開する。
金総書記に起きたと思われる異変に、韓国、米中はじめ、諸国は総力をあげて情報を収集し、緊急体制を敷いたと思われる。
わが国首相が責任放棄で一休みしたり、官邸に引きこもったりしている場合ではないのだ。拉致問題は自分の手で解決すると公言したにもかかわらず、この無責任さは見るに堪えない。
国家観なき福田氏からは、任期中、国益擁護の発言もなかった。中国は東シナ海、尖閣諸島、歴史教育、毒ギョーザなど、多くの事案で日本の国益と国民を脅かしてきた。その中国にひたすら主張なき融和姿勢を取る福田氏は、中国が、どのように米国とわたり合ったかを見るがよい。
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1989年の天安門事件で国際社会の制裁を科せられた中国に、ブッシュ大統領が密使を送った。制裁による中国の孤立は米国の国益に合致しないと判断、人権問題などで中国の譲歩を引き出し、米国議会やサミットでの中国制裁を緩和したいと考えたのだ。
大統領特使のスコウクロフト氏を待つ北京では李鵬首相と銭其●外相が、厳しい国際世論を予想して緊張と不安の中にあった。米国との関係修復なしには、中国の改革開放も進み得ない。その大国、米国の密使来訪におびえる李鵬らをトウ小平が叱咤(しった)した。
「中米関係はうまくやらねばならないが、恐れてはだめだ。中国人の気概と士気を持て」(伊藤正『トウ小平秘録』産経新聞社)
天安門事件で300人余りを殺害し、世界の糾弾を浴びた中国は、米国を恐れつつも、中国が信ずる中国の未来のための原則、つまり、政治の民主化は許さず一党支配を堅持するという根本原則では、絶対に譲らなかったのだ。
国際社会が受け入れ難い、時代に逆行する価値観であっても、トウ小平らは自国の国益のために主張した。こうしてブッシュ政権の柔軟外交は潰(つぶ)れたが、次に中国が狙いを定めた日本はやすやすと中国の要請に応じた。諸国に先がけて制裁を解除した日本が、国際社会の中国包囲網の突破口となったのは周知のとおりだ。
だが、97年5月9日、自民党行政改革推進本部総会で武藤嘉文総務庁長官が、95年にキーティング豪州首相から聞いたことについて報告した。「李鵬首相がキーティング首相に、30年後に日本は潰れると語った」というのだ。
天安門事件での制裁を、中日友好のためと信じて、いち早く解除し、92年には天皇皇后両陛下の御訪中を実現して親中外交に努めた日本を、やがて潰れる哀れな国だと、中国は見なしていたのだ。
国家としての誇りも自覚もない国は侮られるのだ。この上なく浅薄な友好の言葉しか発しなかった福田首相の足跡を、次の首相は敢然と塗り替えなければならない。新首相は魂を込めて、日本のために語り、主張することだ。新首相は、大きく変わる世界情勢を冷静に分析し、命を懸ける想(おも)いで日本の未来のために熱く闘い続ける人物でなければならない。
●=深のさんずいを王へんに