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【産経抄】6月22日
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「翌檜」と書いて「あすなろ」と読む。ヒノキ科の針葉高木、アスナロのことである。ヒノキ同様に建材となるが、異臭がするなどで一段劣るとみられている。それでも「明日はヒノキになろう」とがんばっているという「伝説」からこの名前がついた。
▼むろん由来については他にもいくつか説があるらしい。しかし、一生ヒノキにはなれないと思いながらも夢は捨てずに努力するというのは、かつての日本人の琴線に触れるような「伝説」である。漢字も「翌日は檜」というので「翌檜」となったようだ。
▼静岡県伊豆出身の作家、井上靖氏もこの「あすなろ伝説」を聞きながら育った。それをもとに『あすなろ物語』という小説を書いている。鮎太という少年が壮年になるまでを、6つの短編で追っているのだが、その節目節目に「あすなろ」が登場してくるのだ。
▼鮎太が新聞記者として迎えた昭和20年ごろの社会はこう描いている。「明日は何ものかになろうというあすなろたちが、日本の都市という都市から全く姿を消してしまったのは…終戦の年の冬頃からである」。日本人みんなが明日を信じなくなったというのである。
▼その「翌檜」を久しぶりに目にしたのは、日本と中国とが東シナ海の天然ガス共同開発で合意したというニュースでだった。開発に当たるのが「翌檜」と呼ぶガス田近くの海域なのだそうだ。日本側が「楠」や「白樺」など樹木の名をつけているガス田のひとつだ。
▼天然ガスと翌檜とは何の関係もない。ガス田問題もようやく日中が対等に交渉する段階に入っただけだ。それでも押されっ放しだった東アジア外交に、少しは「明日」が見えてきたような気もする。偶然とはいえ「翌檜」がちょっぴり新鮮に映った。