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【塩爺のよく聞いてください】元財務相・塩川正十郎
■空気を変えよう
米国が真剣に「変革」に走り出した。変革とは米大統領選の民主党候補の本命に躍り出たオバマ氏のスローガンだが、アプローチの差こそあれ、その思いは国民、国家とも一つである。
4月下旬に米財界の招きでニューヨーク、ワシントンDCを訪れた際、そう実感させられた。ルービン元財務長官やウォルフェンソン元世界銀行総裁、ベーカー元駐日大使らとも個別に意見交換する機会を得た。民主党系のルービン氏は「米経済の成長はさほど望めない。産業構造を見直し、財政再建を図るしかない」と語っていたが、共和党系のベーカー氏とて立場は変わらない。国の将来のためなら「強いドル」に固執しないという空気さえ伝わってきた。
さて、日本である。私は最近、世の中が“変態化”しているのではないかと気にかけている。それは米国が見据える変革の本質とはほど遠い、ずれた変化である。
一つは国会の現況だ。政党人として硬直し、意地を張って政治の責任を放棄している。肝心の政策決定の過程が不透明で、行政の指導監督が不十分である。ゆえに以前に増して官僚主義がはびこる。とりわけ「ねじれ国会」になってからは政治家の素直さが失われ、政党のメンツにこだわり、国民の声がほとんど反映されていない。
議論が白熱化するのは、週刊誌やテレビで取り上げられるトピックス性ある一過性の話題に集中し、ナショナル・インタレスト(国益)のテーマはすっかり影を潜めてしまった。これでは国民の目線の政治も、生活者のための政治もへったくれもない。
その責任を与野党の一方に問うものではない。この際、与野党の政治家が対抗意識を捨て、鷹揚(おうよう)にゴルフ大会や歌謡大会でも開いて懇親を深め、互いを柔軟にみつめられるようにならないか。目下の国会論争は生産性なき政争だ。政治家は硬直した国会の空気を変える努力をすべきだろう。
もう一つ変えるべきは、「心のゆとり」を取り戻し、「のりしろ」も認めることである。平等主義で規律と合理性を合言葉に社会をつくってきた結果、惻隠(そくいん)の情が消えてしまった。「のりしろ」をもっと許してもいい。
現行の社会保障制度も悪習の一つだ。高度成長期の日本は財政に弾力性があり、高齢化率も低かった。わが国が若々しく生き生きとした時代に制定した制度を検証することなく、その延長線上で「改革」が議論されている。今後の日本の経済実力や少子化問題など幅広く詳細に予想すると、抜本改革を要するのは当然だ。
政府は財政上の数合わせで生計や生産能力を考慮せず、一律に高齢者を弱者と決め込んできたが、今や高齢者間の格差が顕在化し、生活力も多様になってきた。能力相応の負担と給付を考えたメリハリある施策を打ち出してほしい。
世界の急激な変動を受け、わが国では過去と現在が混乱しつつある。この際、よき日本人のアイデンティティーを継承すべき教育を見捨ててきたことを猛省しなければなるまい。若者の間では「KY(空気が読めない)」という日本語といえぬ表現がはやっているが、国民、政治家の一人ひとりが今、こう認識することが肝要である。「空気を変えよう」と。(しおかわ・まさじゅうろう)