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【土・日曜日に書く】論説委員・福島敏雄 「知事の涙」の深謀遠慮

2008.5.10 02:00
このニュースのトピックス橋下府政

 ◆あくまでも試案

 スクラップ・アンド・ビルドは古いモノを壊し、代わりに新しいモノを作るという意味である。この場合の「モノ」は施設などのハード面だけでなく、施策や事業などのソフト面も含まれている。

 だが、いま大阪府で起きているのは、スクラップ・アンド・スクラップにほかならない。古いモノはもちろん、始めたばかりの新しいモノまで、ことごとく廃止しようとしている。

 巨大な大ナタを振りおろそうとしているのが、今年1月に初当選した元タレントで弁護士の橋下徹知事である。知事直轄のプロジェクトチームが打ち出した「1100億円削減」試案はスクラップのオンパレードであった。

 大相撲春場所を開催している府立体育会館や、お笑い文化の象徴とされた上方演芸資料館(ワッハ上方)、国際児童文学館など、あらゆる分野の施設がスクラップの対象となった。ソフト面でも府職員の給与カットだけでなく、市町村に対する補助金・助成金も大幅にカットされた。なかには警察官520人削減という首を傾(かし)げざるをえないものもある。

 試案だから、すべてが実現するとは限らない。それでも府民だけでなく、作家、評論家、学者、芸人たちから一斉に反対の声があがり、署名活動も行われている。

 市町村長の反発も強かった。知事との意見交換会では、さながら弾劾集会のような様相を帯びた。「弱いものイジメで、我慢の限界を超える」「市町村に刃を向けるなんてとんでもない」「5年もたてば大阪の道路は穴ぼこだらけになる」−。

 ◆トリックスターの作戦

 追及を受け、橋下知事はなんと泣き出してしまった。泣いた理由について、知事の説明はなかった。年上である府下の市町村長が、38歳の青年知事を寄ってたかってイジメているように感じた府民もいたはずである。あの涙はいったい何だったのだろうか。

 文化人類学に「トリックスター」という概念がある。日本語では「いたずら者」と訳されたりする。アフリカなど世界各地の神話の多くに登場し、機知と知恵をひねり出して、敵をまんまと出し抜く動物や人物がユーモアたっぷりに描かれている。

 たんに「いたずら者」というだけでなく、混沌(こんとん)とした状況に流動性を与え、活性化をもたらす一種の文化ヒーロー的な存在でもある。日本でいえば、童話の「一休さん」などが典型的なトリックスターということになる。橋下知事の存在態様も、このトリックスターにそっくりである。

 まず「1100億円削減」という例のない試案をどかんと落とし、府民や市町村長らを驚愕(きょうがく)させた。議論のウズがあちこちで巻き起こり、まさに混沌とした状況に陥った。

 こういう騒ぎが大好きな大阪のジャーナリズムは「くいだおれ太郎」人形の行方と並んで、橋下知事をめぐる大論争を連日のように報じている。「くいだおれ太郎」も、道頓堀を活性化したという意味でトリックスターであろう。

 橋下知事は、こうした状況になることをあらかじめ見抜き、そのためには涙のひとつでもなんでも流してやる、と思っていたのではないだろうか。追及した市町村長たちは、まんまとはめられた可能性が強い。

 ◆「驚愕」から「驚き」へ

 以下は仮定の話だが、財政を500億円削減したいとする。だが各方面の反発を招き、「政治」という妥協が作動して、250億円程度まで抑えられる。ならば本当に500億円削減したかったら、どうすればいいのか。1000億円の削減を打ち出せばいい。「1100億円削減」にも、こうした策略が巡らされているような気がする。

 常識的に考えれば、単年度で1100億円を削減することが可能だとは思えない。6月にもまとまる今年度の本格的な予算では、試案の中からさまざまな事業や施設が復活するはずである。だが削減の方も、試案に沿ったかたちで進むのは間違いない。当初は驚愕した市町村長も「驚き」ぐらいに落ち着くだろう。

 作家の坂口安吾に「大阪の反逆」という卓抜な大阪論がある。

 「大阪はともかく進歩的で、東京に懐古型の通とか粋というものが正統であるとすれば、大阪は新型好みのオッチョコチョイの如(ごと)くだけれども、実質的な内容をつかんでおる」

 オッチョコチョイもトリックスターであろう。前言を相次いでひるがえすなど、橋下知事もオッチョコチョイの側面があるが、スクラップ・アンド・スクラップの「実質」は、きっちりとつかむように思える。(ふくしま としお)

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