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【詳説・戦後】第10回 サミット(3)九州・沖縄サミット 沖縄開催を決断した小渕首相 (1/3ページ)

2008.5.6 01:47
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 日本でのサミット開催地は平成5年までの3回とも東京だった。首都以外にすると、各国首脳の移動や警備などで大きな労力が必要となるためだ。5年の開催地は当時の外相、渡辺美智雄がオープン間もない千葉・幕張を検討したが、官僚が「労力が倍以上になる。絶対につぶす」(外務省幹部)と抵抗、東京に落ち着いた経緯もある。

 これに風穴を開けたのが、11年4月に九州・沖縄でのサミット開催を決断した当時の首相、小渕恵三だった。開催地に立候補していたのは北海道、千葉県、横浜市、大阪府、広島市、福岡市、宮崎県、沖縄県の8自治体。実は沖縄県は、外務省や警察庁が宿泊、交通、警備の問題などを検討した結果、最も低い評価だった。沖縄に米軍基地が存在することも、各国首脳が集う場所としてふさわしくないとの見方もあった。

 これらマイナス材料をはねのけ、小渕が沖縄開催にかけたのはなぜか。小渕は早大の学生時代に沖縄返還運動に携わったり、米施政権下の沖縄に渡航し、地元経済界の重鎮で沖縄サミット開催時の知事、稲嶺恵一の父である一郎氏の知遇を得たりと、沖縄には深い縁がある。初入閣も昭和54年の総理府総務長官兼沖縄開発庁長官としてだった。

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