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【産経抄】5月2日
このニュースのトピックス:動物園・水族館
東京・上野動物園の初代ジャイアントパンダ、ランランとカンカンが日本にやってきたのは、昭和47(1972)年10月のこと。小学生のころから“パンダ研究家”だったという黒柳徹子さんら少数をのぞいて、日本人が初めて目にする珍獣だった。
▼かわいらしい姿を一目見ようと、パンダ舎には人が押し寄せた。わずか1分弱の対面のために、2時間以上も並んだものだ。人気はその後も衰えることはなかった。54年9月に、ランランが死んだときは、小紙を含めて、1面で報じた新聞が多かった。
▼その割を食ったのが、当時の落語界の第一人者、六代目三遊亭円生だった。79歳の誕生日に急逝した師匠の死亡記事が、社会面に追いやられてしまった。パンダの方が、「昭和の名人」より偉いのか、とあとあとまで語り草となる。
▼上野動物園で飼育されたパンダとしては、ランランから9頭目にあたるリンリンが、先月30日、高齢のために死んだ。パンダ舎には遺影が飾られ、別れを惜しむ来園者が、連日記帳に訪れている。
▼そもそも、ランランとカンカンは、日中国交回復に伴うプレゼントだった。中国は米国、英国、フランスなどにもつがいを贈り、「パンダ外交」を繰り広げてきた。チベット出身のペマ・ギャルポ桐蔭横浜大学教授によれば、パンダはチベットの動物だ。五輪のマスコットにも使っているのは、チベット支配を正当化する政治利用にほかならない。
▼騒乱の真相がまだ明らかになっていないというのに、日本政府は、胡錦濤国家主席の来日にあわせて、新たなパンダの借り受けを、中国政府に要請しているという。上野動物園にパンダの姿がないのは寂しいが、外交の道具にするのは、もうやめたらどうか。