ニュース: 政治 RSS feed
【世界のかたち、日本のかたち】大阪大教授・坂元一哉 国際的な影響力高めよ
もし先生が政治を任されたら、何から始めますか。ある時、弟子にこう問われた孔子は「必也正名乎(必ずや名を正さんか)」と答えている。宮崎市定氏によれば、その意味は「スローガンを正しくする」ということだそうだ。この答えを聞いた弟子は、それはあまりに世間知らずの答えではありませんかと軽口をたたく。だが孔子は弟子をたしなめて言った。
いや、スローガンが正しくなければ、政策に筋道が通らない。政策に筋道が通らなければ、政権が安定しない。政権が安定しなければ、教育が進まない。教育が進まないと裁判が間違う。裁判が間違えば、人民は手足を動かすことにも不安をいだく。だからよい政治にはスローガンが必要で、スローガンに従って政策が立てられねばならないのだよ、と。(宮崎市定『現代語訳論語』)
昨年12月、福田康夫首相は孔子の故郷、中国山東省の曲阜を訪れた際に、孔子の言葉「温故知新(故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る)」をもじって、「温故創新」と揮毫(きごう)した。日中間の歴史問題を念頭に、互いに過去を学んだうえで、新しい関係を「創(つく)」っていこうと呼びかけたものである。よいスローガンだと思う。歴史問題は一朝一夕でどうなるものでもないが、それが両国関係の発展を妨げないようにするには、双方がまず歴史をよく学び、いったい何が問題なのか知る必要がある。安倍晋三前首相が日中の歴史共同研究を申し入れたのも、そういう趣旨であった。
この「温故創新」の揮毫を考えるにつけても残念なのは、首相の口から、福田政治が全体として何を目指しているのか、明快に表現する言葉を聞けないことである。そのため国民は、首相が日本をどこに引っ張っていこうとしているのか分からないまま、政治の混乱に不安を感じている。
突然の政権交代で時間がなく、適切な言葉をすぐに見つけられなかったということかもしれない。だが、すでに政権発足から半年がたつ。あるいは「大連立」の挫折後は「ねじれ国会」の厳しい政治情勢に日々対応することで精いっぱいなのかもしれない。だが情勢が厳しければなおさら、国民を自らの政策に引きつける魅力的な言葉がいるはずだ。
首相は国会答弁で、日本はさまざまな意味で成熟し、明治の富国強兵、戦後の復興、高度経済成長のような単純明快な国家目標を国民の間で共有することがなくなったといわれた。そうかもしれないし、それもスローガンを出しにくくしている理由だろう。しかし私は国民の間にはまだ、日本に不足するものについて漠然としたコンセンサスがあるように思う。とくに、日本がもっと国際的な影響力を発揮できる国になってほしいという気持ちは、多くの国民の中にあるのではないか。
首相自身、その国会答弁において、平和や地球環境の問題で世界をリードすることが日本の新しい国家像になりうると述べている。それならば一層、世界における日本の影響力を高める真剣な努力がいる。そのことを明快な言葉で表現できないものか。もし首相がそういう意味のスローガンを打ち出せば、パフォーマンスを好まない静かな政治家の口から出るスローガンだけに、かえって迫力があると思うのだが。(さかもと・かずや)

