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【正論】「人権」の正しい歴史認識が必要 埼玉大学教授・長谷川三千子 (2/3ページ)

2008.3.3 02:54
このニュースのトピックス正論

 ≪ホッブスの貴重な洞察≫

 ただ、ここで唯一の、そして最大の問題は、これらが「個人の権利」として認められてゐる、といふことである。たとへば極端な話、誰か或る人が、自分が生き延びるためには或る別の誰かを殺すことが必要だと判断し、それを実行したら、それは基本的人権の行使といふことになるのだらうか? そんなことを認めたら、いたるところで殺し合ひがおきて、生命尊重、幸福追求どころのさわぎではなくなつてしまふのではないか?

 かうした厄介な〈人権の逆説〉にいち早く気付き、警鐘をならしたのが、17世紀英国のトマス・ホッブスである。実は、彼はまさにかうした「個人の権利」としての人権といふ考へを最初にうち出した張本人なのであるが、同時に彼は、そのことの危険を誰よりもよく見抜いてゐた。それまで有効にはたらいてゐた、英国の「古来の法」やキリスト教神学にもとづく「自然法」といつた共通の価値基盤が崩れてしまつたとき、もし〈人間が人間であるかぎりにおいてもつ権利〉を各個人にばらまいてしまつたら、いかに悲惨な無秩序状態が現出するか−彼の人権論はそれを見据ゑたところに始まつてゐるのである。

 ≪個人の権利ばかりでは≫

 18世紀末、「人権」の概念がアメリカ革命とフランス革命といふ二つの革命の熱狂によつて広まつたとき、ホッブスのこの貴重な洞察はほとんど無視されて、ただ〈個人の権利としての人権〉といふ発想ばかりが引き継がれてしまつたのであるが、よく見れば日本国憲法の内にもホッブスの洞察はからうじて活かされてゐる。

 すなはちそこには「公共の福祉に反しない限り」といふ一言がつけ加へられてゐて、これが非常に大切な意義をになつてゐるのである。もしもこの歯止めの一言がなければ、たちまち人権が人権を喰ひつくす〈人権の共喰ひ状態〉とも言ふべき事態に陥り、人権概念自体が崩壊してしまふことは間違ひない。

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