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【正論】テロ特措法 大阪大学大学院教授・坂元一哉
■活動停止は日米同盟を破壊
■「自衛戦争」援助しない小沢理論
≪こんども“傍観者”ならば≫
海上自衛隊によるインド洋での給油活動はなぜ継続すべきか。この問題は活動を中断すれば「テロとの戦い」における日本の国際的立場が苦しくなる、という観点から論じられることが多い。
たしかにそれはその通りである。アフガニスタン国内では、フランスやドイツなどイラク戦争に反対した国々も含めて多くの国々が、「テロとの戦い」のために治安維持の危険な任務についている。犠牲者も少なくない。そういう中で、過酷だが比較的危険度の低い任務を受け持つ日本が、国内政治の事情でわれさきに撤退するならば、国際社会における日本の評判や影響力は地に落ちる。失望も大きいだろう。とくに日本の給油活動がパキスタンの海上活動参加を支えているのでなおさらである。パキスタンの参加は日本の参加と同じく、「テロとの戦い」を「西洋対イスラム」の構図にしないために重要な政治的意味を持っているのである。
それに、インド洋は日本の原油輸入のルートでもある。そして日本が給油を行う多国籍海軍の活動はその安全確保にも貢献している。そのことも国際社会が日本を見る目を厳しいものにするだろう。
だが、給油活動の継続が必要な理由はそこにとどまらない。いま日本がこれを中断すれば、日本は国際社会が協調して行う安全保障活動を傍観するという「湾岸戦争型」の危機だけでなく、日本の安全保障の基盤である日米同盟を岐路に立たせる「安保改定型」の危機にも直面するだろう。
≪一般的な憲法解釈とも距離≫
小沢一郎民主党代表の反対論を聞く限り、そう判断せざるを得ない。小沢氏は国連の明示的な決議がない給油活動はできないが、それがある治安維持活動はできると主張する。私はこの主張はどうかと思う。「国連決議中心主義」とでも呼べるような主張で、一般的な憲法解釈や国民意識とはかなりの距離がある。おそらく小沢氏の意図に反して、国際的な安全保障活動への日本の参加に逆風を吹かせることになるだろう。
だが私がそれよりも問題だと思うのは、小沢氏が、そもそもアフガン戦争は米国が国連決議を待たずに始めた戦争だから、日本はその軍事行動を援助することはできなかったはずだ、と主張するところである。この主張は日米同盟を根底から揺るがす。アフガン戦争はアメリカにとって自衛戦争なのである。もし同盟国の自衛戦争を助けられないならば、その同盟の意味はどこにあるのか。
なるほど日米安保条約の規定から言えば、日本は「日本国の施政の下にある領域」以外で攻撃を受けた米国を助ける義務はない。しかし、条約上の義務がないから何もしない、では同盟にはならないはずだ。安保条約は日米同盟の骨組みではあるが、体全体ではない。
9・11テロ事件が起こると、日本政府はそのことをよく考えて「米国の側に立つ」ことを明言し、憲法の許す範囲で、アフガン戦争を戦う米国の援助に踏み切った。その日本の援助は米国に感謝され、日米同盟を高次のレベルに引き上げた。もしあの時日本が、それは米国の勝手な戦争だから知らないよ、という態度をとっていたならば、日米同盟はすぐさま「骸骨(がいこつ)」になる道を歩みはじめていただろう。
≪めったにない事態にこそ≫
およそ同盟の価値は「いざとなったら」どうなるかで決まる。「いざとなった」時にうまく機能しなければ、それで終わりなのである。ただ日米同盟は、めったなことでは「いざとならない」。米国は世界最強の軍事大国であり、攻撃されることはめったにない。また日本もその米国と同盟する以上、めったなことでは攻撃されないからである。めったに「いざとならない」のは、よいことである。だがその分、同盟の価値を確認するのが難しくなる。
9・11テロ事件では、そのめったにないことが起こった。しかも、1960年の改定から40年間、安保条約が想定していなかった、米国だけが攻撃される、という形で起こったのである。
その緊急事態に日米同盟はうまく機能し、その価値を確認することができた。だが小沢氏は、日本の行動は間違っていたと言う。小沢氏がいまさらそう言っても日本の行動は取り消せない。だが政権奪取に近づいた野党の党首がそう言えば、せっかく確認した日米同盟の価値に深刻な疑念が生じるだろう。そしていったんそうなると、「いざとなる」ことがめったにない同盟だけに、取り返しのつかないことにもなりかねない。(さかもと かずや)

