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【わたしの失敗】元首相・細川護熙さん(69)(1) (1/2ページ)

2007.9.25 07:27
このニュースのトピックスわたしの失敗

 ■出馬引き替えに勘当、落選

 「殿(との)、お成ーりー」

 朝、警察署内の記者クラブに姿を見せると、決まって誰かがこう叫ぶ。既にテーブルを囲んでいた各社の記者連中も一瞬、オイチョカブやカードに熱中していた手を止め、細川を招き入れた。

 足利将軍から家康まで仕えた細川幽斎を初代に、脈々と続く細川家の18代目で母方の祖父は元首相、近衛文麿。華麗なる家系につながる“殿”が、大学卒業後に選んだ仕事は新聞記者だった。鹿児島支局を経て東京社会部に配属され、“川向こう筋”と呼ばれた上野、向島、浅草地区を担当した。下町情緒にあふれ、古い花街もストリップ劇場もある街。記者生活を「結構楽しかった」と振り返る。

 しかし昭和43年秋、転機はやってきた。社会党衆院議員(熊本1区)だった東海大学長、松前重義が、細川にこう切り出したのだ。「自分は次の選挙に出ない。いい機会だから、胆(はら)を決めて出たらどうか」

 細川には、いずれ政治の道に進みたいという明確な目標があった。高校時代、政治家として将来を嘱望されていた叔父がシベリア抑留中に亡くなり、その遺志を継ごうと思ったのがきっかけという。松前の得票10万余りの半分以上は組織票ではなく、保守系を含む個人票といわれていた。そこを狙えば、松野頼三ら古参議員のひしめく選挙区で、無所属でも勝機があるかもしれない。

 よし、ここは勝負どころだ。「一気に走り出すのが私の癖。親にも相談せず、新聞社に辞表を出していました」

 ところが、父・護貞は大反対。近衛内閣で秘書官を務めた経験もあり、政治は知らない世界ではない。「そんなヤクザな道に入るのなら、家とは縁を切ってくれ。カネも含めて今後一切の面倒は見ない」。勘当だった。

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