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【直撃!ウワサの美人市議】(上)父曰く「おっぱいはフツウです」 (2/3ページ)
八戸のような地方都市で父親が自民系の市議会議員といえば、旧家の令嬢を想像しがち。だが、友信さんは地元出身ではなく隣接する岩手県九戸村の生まれという。上京して専修大学でボクシングに打ち込み、帰郷しても就職口がないからと、近くの都市八戸で、津島雄二衆院議員の秘書を務めた。津島氏は作家、太宰治(本名・津島修治)の長女、園子さんの夫であり、優里さんの名はその園子さんにつけてもらったという。
友信さんは33歳で市議選へ初出馬したが、落選。4年後に初当選し4期16年、副議長まで務めた。
優里さんは3歳のころから、そんな父親のひざにちょこんと座り、一緒にテレビの「時事放談」を見ては「パパ、なんでジジホウダンがあってババホウダンはないの?」と尋ねるような子供だったという。
友信さんの事務所は、住宅街の中にある木造2階建ての自宅と兼用。毎晩のように支持者らが訪れ、応接間で陳情や結婚、離婚の相談をしていく。風呂場は応接間のすぐそばにあるため、優里さんは午前0時より前に入浴することがほとんどなかったという。
優里さんは自宅近くの市立小から市立中、自宅から1キロ余りの場所にある県立高へと進み、上京して帝京大文学部心理学科で学んだ。
一方の友信さんは2003年、「そろそろ県議に」と言われ、統一地方選の県議選に初出馬。定数8に対し13人が立候補し、結果は6140票で最下位だった。友信さんは二度目の浪人生活に入った。優里さんは市内の介護老人保健施設に就職した。
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