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【一筆多論】河合雅司 高齢医療は入り口に過ぎぬ (1/2ページ)
プロスキーヤーの三浦雄一郎さんが世界最高峰・エベレストの2度目の登頂に成功した。「次は80歳で挑戦したい」と意欲を示しているという。
三浦さんは75歳だ。評判を落とした後期高齢者医療制度の対象者ということになる。だが、お元気な三浦さんを「後期高齢者」と呼ぶのはいささか違和感があろうというものだ。
三浦さんほどではないにしても、「まだ若い者には負けん」との気概を持っている人も多い。新制度はこうした高齢者の気持ちに配慮することなく75歳で一律に線引きした。高齢者が「姥(うば)捨て山だ」と怒りを持ったのも当然だ。批判の根っこには、制度が「情」を欠いたことへの寂しさがあるのだ。
ところが、誰の保険料が上がった、下がったとの大騒ぎに、政治家までが浮足立った。揚げ句には中所得層まで軽減しようとの大盤振る舞いだ。高齢者の寂しさには何も応えていない。医療費をどう抑え、負担割合をどう見直すかという本質議論もかすんでしまった。
これだけ批判を集めた制度も近年珍しい。もはや、一から高齢者医療の在り方を議論し直すしか、国民の納得は得られないだろう。だが、始まったばかりの制度を直ちに変えるのも非効率な話だ。第一、医療保険の制度設計は一朝一夕とはいかない。とりあえずは新制度を走らせながら、議論を深めていくことが現実的だ。
ただ、年齢による区切りをやめれば“すべて解決”とはいかないところに難しさがある。少子高齢化が進み、医療保険財政が厳しくなっていくのは避けられぬ現実だ。厚生労働省の推計では、75歳以上の医療費は現在約11兆円だが、2025年には約25兆円に膨らむ。お金が天から降ってくるなら苦労はいらないが、医療費の伸びは誰かが負担しなければならない。これは制度をどう作り替えようとも、避けて通れない命題だ。