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【年金で海外暮らし】「待った」ない退職後の時間 (1/2ページ)
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相川喜久三さん=仮名=は、陽気で楽しい人だった。奥さんをとっくに亡くし、80歳を過ぎての海外1人暮らし。英会話を習い、ゴルフも楽しんで元気いっぱい。「とても80代には見えない。キクちゃんは若いわ」と褒めると、「オレは60代で通しているんだ」と威張っていた。
本人には伝えなかったが、私も彼の年になったとき、あのように元気で、新しいことに挑戦する勇気を持っていたいと、ひそかに思っていた。くだらないことは威張るくせに、基本は謙虚だったから、そんなことを言われたら大照れだったに違いない。現役時代は某テレビ局のプロデューサーだったと、そぶりにも見せない人だった。
そのキクちゃんが高熱で入院した。ペナン旅行からチェンマイに戻った翌日の、84歳の誕生日だった。デング熱を疑われ、検査をしたが、違うらしいとまた検査。さらにまた、検査。1カ月たっても病名は分からず、私たち友人はひそかに、いざというときのことも考えてあたふたしていた。
感動し、興味を持ち、工夫し、健康でいて、恋をする。「かきくけこ」が若さを保つ奥の手だと誰かに聞いたことがあるが、彼はそれを地で行っていた。「もしものことがあったら…」とあわてふためく私たちをよそに、恋もしていたようだ。オーストラリアからキクちゃんを気遣って手紙をくれる、美しい日本女性。その人を支えに、病気と闘っていた。
ふとしたきっかけで、人はガクッと衰える。早いか遅いかの違いはあるが、誰にも必ず訪れるそんなとき。ひとりぼっちだったらさぞ心細いだろうと、自分に当てはめて痛切だった。「オレはどこで死んでもいいんだよ」と、かすれた声で言うキクちゃんを、元気だったら殴ってやりたいと思ったものだ。みんなに心配かけてるくせに、格好つけんなよ…と。