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【明日へのセーフティーネット】声なき声(1) 介護の悲劇 (2/3ページ)
このニュースのトピックス:「明日へのセーフティーネット」
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平成7年、持病の脳梗塞(こうそく)で入院した母親は、退院後から車いす生活になり、2年後から寝たきりになった。食事はすべてミキサーにかけスプーンで与えた。夏は涼しい下着をはかせ、冬は風邪をひかないよう加湿器を使った。公判で姉は「とても細やかな介護で、自分にはとてもできないと思った」と証言している。老人ホームに入れることも考えたが、母親は、周りに人がいることを嫌がるため断念。3年ほど前から、母親とはほとんど意思疎通ができなくなっていたが、「あき坊」という被告の愛称だけは覚えていたという。
昨年7月9日、母親が子宮がんと診断され、事態は急変した。
拘置所で面会に応じた被告は「認知症の母は、検査の意味や治療の理由は理解できず、ただ痛みだけを感じるんです。それがあまりにかわいそうだった」と当時のことを振り返った。本を読みあさり、治療法を探したが、どうすることもできなかったという。
7月16日午前2時すぎ、隣で寝ていた母親が「痛い」と、また表情をゆがませた。気付くと母親の首に両手が掛かっていた。「苦しみから何とか解放してあげたかった。あのとき、他のことを考える余裕はありませんでした」。そう話すと被告はおえつし、小柄な体を震わせた。
「(あの世で)『お母ちゃん、ごめんな』と言えるその日がくるまで、自分のしたことを一生背負って生きていこうと思います」。11月の論告求刑公判の最終意見陳述で、被告はうつむいたまま、しかし、しっかりした口調でそう語った。
昨年12月、大阪地裁は、被告に懲役3年(求刑・懲役5年)の実刑判決を言い渡した。裁判官は「どんな理由があったとしても独自の判断で生命を左右してはならない」と述べた。