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【新響地】客員ロンドン特派員・葉加瀬太郎 清潔で安全で少し病める国
久しぶりに東京に戻ってきた。家の近所では、また見慣れぬ新しい建物ができていたり、更地になっていたり。いつものことながら、この間までここって何だったっけ? とそれすら思いだせない。さすがに、世界一のスクラップ・アンド・ビルドの国、ニッポンである。いつも実感するが、ロンドンはまったくその対極にあるだろう。最先端のスノッブなインテリアも、クールな最新技術もすべて、数百年前と同じあの美しいクラシカルなブリックの装いの中に、上手に隠されている。オックスフォードサーカスのような街の真ん中でさえ、いまだに数百年前とほとんど変わらない、すてきな雰囲気を残したままだ。
成田空港からの車の中、レインボーブリッジを渡るときに見る東京の姿は、いつも僕を複雑な気持ちにさせる。半世紀かけて際限なく、ただひたすらアイデアと情熱をぶつけては壊し、壊してはまた造り、行けるところまで行こう、と造られた巨大な夢の塊。ただ僕には、このモンスターが最近少し、疲れてしまっているように見える。いざ街の中に入ってしまえば、そんなことすら、わからなくなってしまうのだが、物事は何でもそう、ほんの少し距離をもって見つめるとその本質、一番大切なことがわかるということがよくあると思う。今回も、あの橋の上から見る東京は、決して元気のいい、美しい街には見えなかった。
だが逆に、街の中の美しさ、清潔さはロンドンとはくらべものにならない。ずっと東京にいたときは、それが当たり前のように感じていたが、こんなに駅や通りにゴミの落ちていない大都会は、世界中探しても他にはないのではないだろうか、と思うようになった。ロンドンの通りは、どこもかしこも、たばこの吸い殻や、サンドイッチの包み紙、それに一番強力なのが、夕方になると街の辻々(つじつじ)で配られるフリーペーパーの新聞紙。これがいたるところに落ちている。この新聞のたぐいはバスや地下鉄の中にも、これまた物すごい数が散乱している。地下鉄では毎日、夕方5時を越えるころから、この新聞紙がカーペットのように床を埋め尽くしていく。
でも僕の見る限り英国人たちは、あまりそういったことは気にしていないように思う。地下鉄でもシートの上に捨てられた新聞は手に取って読み出すだけ、床の上に落ちているものは構わず踏みつけるだけのことだ。表通りに面したパブで、一緒にビールを飲んでいた英国人の友人は、食べていたフィッシュ・アンド・チップスの入っていた紙袋をぐしゃっと丸めて、平気な顔で道端に投げ捨て、「いいんだよ。でなきゃ掃除をする人の仕事がなくなっちゃうだろ?」と笑った。それは僕に、東京はきっと、むやみに道に、ゴミを捨てたりする人が少ないというのもあるだろうが、それ以前に、街を掃除する人々が本当にしっかりと仕事をしてくれているのだろうなと思わせてくれる言葉だった。
外国に住み始めて、改めて実感するのは、この日本という国がどれだけ清潔で、安全で、何においてもしっかりしているということ。こんなにきちんとした国はどこにもないだろう。でも僕にはなぜか、この街が少し病んでいるように見えるのだ。まるで外で遊ばせてもらえず、毎日塾にばかり通わされている優等生のように。(はかせ たろう)

