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【すごいぞ日本】ファイルIX 「翼」大作戦(4)
■「皆さんは戦友」に心動く
「キャプテン翼」をシールにして給水車に張りたいので許可をいただきたい。2004年7月、外務省サマワ連絡事務所の江端康行さんに要請された東京の出版社「集英社」は困惑していた。
「翼」の肖像権は、作者の高橋陽一氏や、連載していた雑誌「少年ジャンプ」を発行している集英社にある。これらの許可なしでは使用できない。
だが、そもそも「翼」をイラクで放送、出版する許可は出していなかった。イラクで放送された「キャプテン・マージド」は海賊版だったのだ。
社内からは「翼」シールを認めることは、海賊版を肯定し、自分たちの存在意義を否定しかねないとの意見が出ていた。
「国内でも賛否が議論になっている自衛隊派遣と翼を結び付けて報道され、政治宣伝に利用されるリスクがある」との慎重論も出された。一方で「翼が現地の人たちとの交流に役立つなら許可してもいい」との意見もあり、判断を決めかねていた。
集英社は著作権者の高橋氏の意向を尋ねた。こう返答があった。
「イラクの子供たちとサッカーを通じた交流を育てるのに翼が役に立つのであれば協力します」
結局、集英社は10日近くたって、今回限りの特例許可を連絡してきた。子供たちのために奔走している江端さんの熱意になんとか報いようという意見でまとまったのである。
次のハードルはシールの確保だった。縦2メートル、横6メートルの20トン給水車だけに大きなシールでなければ「走る広告塔」にはならない。50度以上の気温に耐える強度も必要だった。いくつもの会社が断った。
江端さんは印刷業界最大手の大日本印刷を訪ね、窮状を訴えた。
「私はもうすぐロケット弾が飛び交うイラクの砂漠に戻る。そこの子供たちを元気付けるのがキャプテン翼です。簡単にはがれないシールを作り、日本の技術力をみせてください。これは日本の顔になります」
担当の石橋孝彦氏(48)は心を動かされた。
「日本のためにやろうじゃないか。一肌脱ごう」
出来上がったのは最高級のものだった。縦1・5メートル、横2メートルのシールを2枚張って「翼」は出来上がる。ただ、空気の泡が入れば、すぐにはがれてしまう。それをはけで丁寧にとり除く張り方も石橋氏らが5時間かけて教えた。
「皆さんは戦友ですよ」
石橋氏がうれしかったのは江端さんが別れ際にこう語ったことだ。
サマワに戻った江端さんの前にある日、待ちに待った給水車26台のうちの3台が到着した。バスラ港に荷揚げされ、約300キロを走破してきただけに泥まみれだった。シールを張るにはきれいに磨き上げねばならなかった。
江端さんは、1人でごしごしと洗い始めた。20トン車をぞうきんとバケツで清掃するのは大変だ。見かねて陸自隊員が手伝い始めた。皆、仕事の合間を縫って作業を続けた。
その年の10月22日。給水車の供与式典が行われた。少年サッカーチームの代表アリ君が日本語とアラビア語を交ぜて「3、2、1、アルファ(開け)」と掛け声をかけた。白い布がするすると落ち、「翼」が現れた。子供たちの顔は一斉に輝き、会場は歓声に包まれた。(中静敬一郎)

