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【まち語りもの語り】「都の家」栄枯盛衰 東京・本郷 (1/4ページ)
本郷といえば東京大学。徳田秋声、樋口一葉、石川啄木らが居を構えたことでも知られるこの街は、かつて“もうひとつの顔”を持っていた。戦後の混乱期が過ぎ、日本が復興へ向けて走り始めた昭和30年代、地方から出てくる人を受け入れる「東京の家」でもあった。
「一番多いときで旅館は120軒以上ありましたね。それだけ旅館があったにもかかわらず、うちは1日に400人以上の客を泊めていましたよ」
旅館「朝陽館本家」(朝陽館)を営む種田守宏(73)は当時のにぎわいをそう振り返る。多くの旅館はその昔、学生相手の下宿だった。
「当時のことはほとんど忘れてしまったのですが、小さいときの楽しかった思い出だけは、ぱっと頭によみがえります」
第二次世界大戦の開戦以前、朝陽館も下宿業を主としていた。東大生、早大生、明大生…。同じ屋根の下で暮らす学生らは、小学校に上がるか上がらないかだった種田をかわいがってくれた。
「テレビも遊ぶ場所もない時代ですからね、学生さんも暇だったんでしょう。一緒に相撲を取ったりしました。もちろん勉強を教えてもらったこともありますよ」
あるとき、学生が理科の実験を見せてくれた。子供だった種田にとって、まるで手品か魔法のようだった。
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