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【葬送】札幌五輪スキージャンプ銅メダリスト 青地清二(あおち・せいじ)氏 勝負強き日の丸飛行隊 17日、札幌市東区のセレモニーホール青柳 (2/2ページ)
このニュースのトピックス:北京五輪
「日の丸飛行隊」を率いた笠谷氏は17日の葬儀で弔辞を読み、深い悲しみをあらわにした。祭壇には、白い菊の花でかたどられたジャンプ台のモチーフと静かに輝く銅メダル。笠谷氏は栄光の瞬間について、「札幌オリンピックでの金銀銅の独占は、選手の中でただ一人、『メダルを取る』と公言していた先輩が成し遂げた快挙だと思っております」と振り返った。
青地氏は昭和17年、北海道小樽市に生まれた。小学生のときにジャンプを始め、以来、ジャンプを跳び続けてきた。明治大学に進み、40年、雪印に入社。42年には全日本選手権90メートル級で優勝した。51年の現役引退後は、雪印のスキー部監督や全日本チームのコーチとして後輩の指導にあたった。
営業マン、経営者としても活躍。雪印退社後は、今年7月末まで協立乳品(本社・北海道石狩市)の社長を務めた。
「釣りとゴルフが趣味で、退職後は、思いっきり釣りができると話していたのに…」。協立乳品社長を引き継いだ三好隆弘氏は、突然の死を悼んだ。
36年前、日本人の意地と強さを世界に示した青地氏。葬儀場には、札幌五輪のテーマ曲、トワ・エ・モアの「虹と雪のバラード」が流れ続けていた。享年66。(加納洋人)
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