MSN Japanのニュースサイトへようこそ。ここはニュース記事全文ページです。

【停車場ストーリー】JR根室線・帯広駅 開拓の歴史刻む、豚丼の聖地 (1/2ページ)

2008.5.31 08:57
このニュースのトピックス停車場ストーリー
高架式のJR帯広駅。駅周辺は整備され、開拓時代の面影はない=北海道帯広市西2条南12丁目高架式のJR帯広駅。駅周辺は整備され、開拓時代の面影はない=北海道帯広市西2条南12丁目

 北海道東部、十勝地方の中心都市・帯広市は、豚丼誕生の地。おおげさに言うと、“豚丼の聖地”として、全国に知られる。

動画はこちら(産経PODCAST)

 JR根室線・帯広駅の改札口を出て、近代的な駅ビルの中を歩くとすぐさま、豚丼店「豚丼のぶたはげ」の看板が目に飛び込んできた。

 「豚丼は帯広の食文化そのもの。豚と帯広の縁は古く、開拓時代までさかのぼる…」と、店の窓ガラスに豚丼の由来が書かれていた。その由緒書などによると、明治16(1883)年、静岡県出身の依田勉三(よだべんぞう)が率いる開拓団、晩成(ばんせい)社の27人が帯広に入植して養豚を開始。豚が開拓民の貴重な食料となるなか、昭和8年、1人の料理人の手で、豚丼が誕生したという。

 今では、その豚丼発祥の店とされる駅前の専門店「ぱんちょう」をはじめ、市内のそば屋やラーメン店でも豚丼は定番メニューとなっている。

 北海道開拓の歴史に深くかかわる豚丼。帯広市や帯広駅の誕生も、その開拓の歴史と深く結びついている。

 「帯広駅が開業したのは明治38年。まず、港のある釧路からの鉄道が開通した。帯広は豆類など開拓団が生産した穀物を列車に積んで釧路港へ運ぶ集積地として発展した」

 帯広駅の米山和幸駅長(54)はそう説明する。

 北海道開発を進める明治政府にとって、旭川から帯広を経由して、釧路に達する鉄道の建設は急務だった。明治30年に旭川から、翌31年に釧路から、帯広を目指して、それぞれ建設工事が始まった。

 7年後に釧路−帯広間が開通し、帯広駅が開業したが、旭川−帯広間は、帯広市西側の日高山脈を越えるトンネル工事が難航。同区間の開通は、釧路側に2年遅れの明治40年9月だった。74年後の昭和56年10月には石勝線が開通し、札幌−帯広間がようやく日帰り圏になった。

このニュースの写真

高架式のJR帯広駅。駅周辺は整備され、開拓時代の面影はない=北海道帯広市西2条南12丁目
明治38(1905)年、開業当時の帯広駅(帯広百年記念館提供)
JR帯広駅に停車するローカル列車。地元の人々の“足”として利用されている
JR帯広駅に停車する特急「スーパーとかち」。ディーゼル車で札幌・帯広間を結ぶ
帯広駅で売られている「豚どん」の駅弁。観光客に人気だ
帯広駅前にある豚丼専門店「ぱんちょう」。昭和8年創業。豚丼発祥の店で、多くの観光客が訪れている
豚丼の元祖「ぱんちょう」の阿部幸子さん(74)。亡くなった父親の阿部秀司さんが昭和8年に豚丼を考え出した=北海道帯広市の「ぱんちょう」店内
豚丼発祥の店「ぱんちょう」の豚丼。あぶらののった厚手の豚肉を炭火で焼き、うなぎの蒲焼のたれに似た独特の秘伝のたれがかかっている。肉の量に応じて、松850円、竹950円、梅1050円、華1250円の4種類。写真は梅
帯広駅構内にある豚丼店「豚丼のぶたはげ」。窓ガラスに豚丼の由来などの説明が書かれている=北海道帯広市
帯広駅構内にある「豚丼のぶたはげ」の店内で豚丼と駅について話す米山和幸駅長(54)=左=とぶたはげの佐藤竹治店長(59)
ばんえい競馬の唯一の開催地となった帯広競馬場。ナイターレースも行われる。女性や家族連れなどの人気も高まっている=北海道帯広市
昨年10月に行われたばんえい競馬のレース。障害をこえるばん場の姿は、開発時代の農耕馬の姿を彷彿とさせる=北海道帯広市の帯広競馬場
昨年10月に行われたばんえい競馬のレース。障害をこえる輓馬(ばんば)の姿は、近くで見ると迫力がある=北海道帯広市の帯広競馬場
昨年10月に行われたばんえい競馬のレース。輓馬(ばんば)の足は太い、鼻息も荒い。とにかく偉い、凄い=北海道帯広市の帯広競馬場
PR
PR

PR

イザ!SANSPO.COMZAKZAKFuji Sankei BusinessiSANKEI EXPRESS
Copyright 2008 The Sankei Shimbun & Sankei Digital
このページ上に表示されるニュースの見出しおよび記事内容、あるいはリンク先の記事内容は MSN およびマイクロソフトの見解を反映するものではありません。
掲載されている記事・写真などコンテンツの無断転載を禁じます。