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【産経抄】5月22日
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「俺あ、こう上下の瞼(まぶた)を合せ、じいッと考えてりゃあ、逢わねえ昔のおッかさんの俤(おもかげ)が出てくるんだ−それでいいんだ。逢いたくなったら俺あ、眼をつぶろうよ」。せっかくめぐり合った母と妹に背を向けて、去ってゆこうとする番場の忠太郎。
▼ご存じ『瞼の母』の名せりふである。今、東京・三軒茶屋の世田谷パブリックシアターで上演中だ。草ナギ剛さんが忠太郎、大竹しのぶさんがその母親にふんして、若い観客の涙を絞っているらしい。
▼この名作が、作者の長谷川伸の実体験に基づいていることは、よく知られている。母親が家を出たのは、伸が3歳のとき。「大きくなったらお馬に乗ってお迎えに行ってあげるから、泣かないでね」。涙の止まらない母を幼い伸が慰めたという。
▼熊本市の慈恵病院が、乳幼児を匿名で受け入れる「赤ちゃんポスト」を設置してから1年、17人の預け入れがあったことがわかった。東京都内では平成19年度に、9人の赤ちゃんが捨てられ、保護されている。なかには口を固く縛った袋のなかに入れられ、たまたま通りかかった男性がかぼそい泣き声に気づいて、一命を取りとめた例もあった。
▼中国・四川大地震では、赤ちゃんをかばって死んだ母親がいたと、国営新華社通信が報じている。「私があなたを愛していたことを絶対忘れないで」。こんな遺書を携帯電話に残して。『瞼の母』の発表から3年後の昭和8年、伸は47年ぶりに母と再会を果たす。
▼赤ちゃんポストに、親が引き取りに来たのは、まだ1人だけだ。なんの手がかりも残さない親もいる。よくよくの事情があるにしろ、せめてわが子が寂しさに耐えかねて目をつぶったとき、まぶたに浮かぶような母親でいてやれないものか。
ナギ=弓へんに剪