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【時々、すっぴん】大阪・文化部 亀岡典子 東京と上方 男の「色気」
頬(ほお)かむりの中は憂いの顔。
♪魂ぬけてとぼとぼうかうか…。情感漂う義太夫節にのって、恋しい小春に会うため花道を魂が抜けたようにふらふらと歩いてくる治兵衛。その姿から上方の男の色気がこぼれ落ちた。
歌舞伎の人間国宝、坂田藤十郎さんの当たり役「河庄(かわしょう)」の治兵衛は大坂の色男。妻も子もいるのに曽根崎新地の遊女、小春と深い仲に−。上方歌舞伎の第一人者、藤十郎さんの治兵衛には、はんなりと柔らかな風情、豊饒(ほうじょう)な香りがあって、そうそう、これこそが大坂の男なのだ、と客席の暗闇でいつもうれしくなってしまうのだ。
「上方のにおい」「江戸のにおい」というのがある。歌舞伎の舞台を見ていると、改めてその違いにハッと気付かされる。今月、東京の歌舞伎座で上演されている「白浪五人男」。河竹黙阿弥の名作で、これぞ江戸の芝居の真骨頂。人間国宝、尾上菊五郎さんふんする弁天小僧菊之助の啖呵(たんか)、「知らざあ言って聞かせやしょう」に江戸の粋とかっこよさ、幕末の退廃美が漂っていた。菊五郎さんの肉体から江戸のにおいがにじみ出ていたのである。
おもしろいのは、歌舞伎に登場する江戸の二枚目は大抵かっこよく、スーパーヒーローが多いのに対して、上方の男たちは二枚目なのに、どこか三枚目の味わいがあるところだ。「二枚目は三枚目の心で」。上方歌舞伎の口伝という。
いまでも時々、そういう東西の違いを肌で感じることがある。先日、東京の日本舞踊家と大阪の舞踊評論家の女性の結婚披露宴に招待された。それぞれ東京と大阪を本拠に活躍する新郎新婦なので、2都市で披露宴を行ったそうだが、私が出席したのは大阪の方。関西在住のバレエ関係者や日本舞踊の関係者がほとんどを占めるなか、上方舞山村流宗家、山村若さんの祝辞に場内がドッとわいた。
開口一番、「僕、何で落としたらいいんでしょうか」。“落とす”とは話のオチのこと。若さんの前に日本舞踊家の祝辞があり、ユーモアとウイットに富んだ楽しいものだった。そこで最後に登場した若さんが話のオチをどうつけましょうか、と笑わせたのだ。
「だってそれが大阪人の習性でしょ。話の最後にオチがないなんてありえへん」。伝統を誇る上方舞の宗家にして、話の最後に必要なのは笑い、と当然のように言うのだから、まさに「二枚目は三枚目の心で」を地でいっているではないか。藤十郎さんの治兵衛にしても、弟を心配して侍に化けてやってきた兄の孫右衛門(まごえもん)とのやりとりなどアドリブのようなおかしみで、いかにも自分のすぐ隣にいるような人物として造形されている。
若さんは続けてこうも語ってくれた。「僕らの世界にも東西の違いってあるんですよ」。東京の舞踊家は先人のやり方をきちんと継承して踊ることが多いが、関西の舞踊家は随所に自分の工夫を入れようとする傾向が強いと。そういえば同じようなことを歌舞伎俳優からも聞いた。「東京では先人の型通りやらないと『ものを知らない』と笑われる。上方では型通りやると『工夫がない』と笑われる」
もちろん都市の成り立ちや風土の違いからくるものであろうが、どちらがいいとか悪いとかではなく、その多様性こそが日本の文化の豊かさ、奥深さにつながるのではないか。(かめおか・のりこ)