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【正論】昭和の日に日本民族を思う 東京工業大学名誉教授・芳賀綏 (2/2ページ)
胸だけの呼吸、一本調子は精神のメリハリのなさを証明する。ストーリーとセリフと相俟(あいま)って「いざ、生きめやも」と感動させるものがない、と氏は嘆く。
もう何年も前、ある武道教室の記念集会に招かれて驚いた。当然、平均以上の体力があるはずの教室の少年たちが、こもごも立って、うつむきがちに薄笑いなどを浮かべながら腹の減った声でスピーチする。鍛えてあるはずの体を直立させられない様子で、前後にゆれながら何かに寄りかかりたげだった。
かつて相撲部屋の新弟子がハダシになるのをこわがると聞いた時、高学歴化で社会が頭でっかちになる時代に、素足で土を踏めない日本人が増えるのは“民族の立ち枯れ”の予兆と思った。立つのが苦痛ですわり込んでしまう“地ベタリアン”が急増するに至ったが、体力不足に気力衰弱が重なれば本当に民族は立ち枯れる。
心身活性化へテコ入れを
田中氏の前記の本に出てくる『三丁目』時代の小学生たちは、チャンバラごっこも、校庭で歌うにも、紙芝居を見るにも眼を輝かし、上半身裸でぶつかり合う騎馬戦の男の子は皆がやる気満々、シンから楽しい表情だった。あの貧しい時代は、精神の液状化を象徴する地ベタリアンや腹の減った声はなかった。
前記の若林氏は「伝統発声研究会」を主宰して若手俳優を指導し、その会を核に紙芝居で昔話を広める活動を続けている。小学生らに腹からの伝統的発声も指導し、教わった児童からは「紙芝居をやらせてもらってよかった」「声の出し方がはじめてわかりました」と感謝の手紙が来る。ほっておけば声に出して名も言えない現代の児童が、音読で前頭葉が働き始め、体も心も活性化するのは意欲的な指導者の力である。
指導者と言えば、ある公立高校の新人教師M君が相撲部を創設したら、その活動が全校を刺激して他の部活も盛んになり、登校率最低という不名誉な事態が解消した目ざましい例もある。
小学校の古文暗誦、武道必修などの情報を聞くが、腹の減った声のままでは形骸(けいがい)化するだろう。新緑漸(ようや)く鮮やかな頃、民族の立ち枯れを防ぐために、志ある指導者が輩出して核となり、飽食時代の心身低迷が克服されることを切望する。(はが やすし)

