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【正論】昭和の日に日本民族を思う 東京工業大学名誉教授・芳賀綏 (1/2ページ)
清貧から濁富へ?
評判だった映画『三丁目の夕日』の正編は、東京タワーが建つ年の庶民の街を描いていた。ちょうど半世紀昔の話だ。
あのハングリーの時代、世の中はまだシンプルだった。描かれた庶民生活も簡素・質素。人情のぬくもりは江戸時代との連続も感じさせた。田中哲男氏の新著『東京慕情』(東京新聞出版局)に満載されたあの頃の写真を見ると、渋谷ハチ公前広場も意外に閑散としたものだった。新宿も池袋も六本木も空が広々として、路面電車と少しの車がのんびり走っていた。
『三丁目』の年、もう高度成長は助走期にあったが国民には実感がなく、GNPという名も知らなかった。昭和元禄には遠い“清貧”の世の中で、貧乏からの上昇を企図する人間はいても「人の心は金で買える」などと無分別・無教養をさらけ出す幼稚な発言は恥ずかしくて誰もできなかった。日本人らしいはじらい、慎みが健在だった。
清貧から濁富?へ、世相がウス汚れ始めると共に、腹の減った日本人が増えた。−と書けば、アベコベじゃないか、飽食・メタボの時代になるのにと思われるだろう。アベコベではない。飽食の時代が開けるにつれ、腹の減ったような張りのない声で話す世代が発生したのだ。大阪万博の前後、「モービルオイル、スーパー」と消え入って行く声のコマーシャルが流れたが、腹の減った声とはあのテの声だ。時代の傾向を象徴してCMはヒットした。
精神的空腹感の蔓延
東京五輪の少し後、芥川賞小説『されどわれらが日々』から話題を広げた中年教師が「最近の若い者は退屈してるようだ」と評した時は、若いのに退屈とは、と耳を疑ったが、後で思えば、高度成長と並行して精神的空腹感が生じ始め、シラケの時代が確実にしのび寄っていたのだ。アクビまじりの腹の減った声が瀰漫(びまん)するのは自然の勢いだった。
後に、カラオケの店の人が「若いお客様はおナカから声を出して歌わずに、口の先でボソボソ言ってらっしゃるんです」と評したのも精神的空腹の時代をついていたが、口の先だけの発声は舞台芸術にもつながるらしい。劇作家で古今の芸能に精通する若林一郎氏は近頃の一部の新劇に苦り切って言う、「出演者すべてが一本調子で、胸だけの呼吸でセリフをしゃべる。その不愉快さ限りなし」。

