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【停車場ストーリー】JR総武線・八街(やちまた)駅 変貌を象徴する“街の顔” (1/2ページ)
JR総武線を千葉市から北東に進み、落花生の産地として知られる千葉県八(やち)街(また)市に入ると、のどかな田園地帯が一変する。都市化が進む光景を眺めていると、八街駅の橋上駅舎が見えてくる。
■動画はこちら→「JR総武線八街駅 変貌を象徴する“街の顔”」(産経PODCAST)
南口しかなかった木造平屋の旧駅舎は平成16年4月、モダンな姿に生まれ変わった。新しい駅舎は八街市の「八」と、横から見た落花生の殻をイメージした曲線形のデザイン。ガラス面を多く使い、駅の南北口を結ぶ自由通路も設けられた。
明治中期、銚子まで全線開通した総武鉄道の駅として開業。八街市内には大正時代に成田市の三里塚とを結ぶ陸軍鉄道連隊の演習用の「軽便鉄道」が敷設され、これが県に払い下げられた後は総武鉄道とともに農作物運搬や旅客用の足として活用された。軽便鉄道は昭和に入り陸軍下志津飛行学校八街分教場(八街飛行場)が建設された際に廃止されたが、八街駅は当時、周辺で生産される農作物の集散基地として栄えたという。しかし、トラック輸送の発展とともに鉄路での農産物輸送は衰退した。
農業都市だった八街も近年は人口が急増し、ベッドタウン化が進んだ。「人口が北側に増え、旧駅舎時代は南北を行き来できない不便さから、特に雨の日は利用客を送迎する車で駅前が混雑したこともあった」と話すのは市秘書広報課長の中村治幸さん(52)。市文化財審議会委員を務める山本悦丸さん(67)は「高校生のころから駅を利用しているが、当時から上り線の乗降客が多かったと記憶している。特急も比較的早くから止まるようになった」と懐かしそうに話す。
南北自由通路を造るため、橋上化された現在の駅舎ホームは「2面3線」で、3番線ホームは上下線の待避用。下り線ホームから駅舎に通じるエスカレーターは上る方が幅1メートル、下る方が幅60センチと狭い。現在、駅長が不在の八街駅を管理する佐倉駅(佐倉市)の太田義孝駅長(53)が「ホームの幅が狭いからです。県内では珍しいかもしれませんね」と理由を教えてくれた。












