MSN Japanのニュースサイトへようこそ。ここはニュース記事全文ページです。

【すごいぞ日本】ファイルI 円と球(1)たった1人の五輪ボイコット (1/3ページ)

2008.3.31 08:04
このニュースのトピックスすごいぞ日本
小さな町工場で五輪メダルを独占してきた砲丸(手前)を作る辻谷政久さん小さな町工場で五輪メダルを独占してきた砲丸(手前)を作る辻谷政久さん

 1996年アトランタから2004年アテネまで、日本が3大会連続で金銀銅メダルを独占してきた五輪種目がある。陸上男子砲丸投げ。といっても選手の話ではない。メダルを獲得した選手の砲丸が、ことごとく日本の、それも小さな町工場で作られているのだ。北京でも当然、日本製「魔法の砲丸」のメダル独占は確実…のはずだった。

 埼玉県富士見市。有限会社辻谷工業は東京近郊の小さな商店街の一画にある。2階建ての1階が工場、上は自宅。旋盤のハンドルを握り、黙々と砲丸を削っていた辻谷政久さん(75)があっさりと言った。

 「北京はやめました」

 04年8月、サッカーのアジアカップが中国・重慶で開かれた際、現地サポーターが見せた日本に対するむき出しの憎悪。それが辻谷さんには気がかりだった。悩みに悩んだ末、4大会連続メダル独占の偉業を断念し、砲丸の卸先の運動具メーカーに北京五輪用は作らないと伝えた。去年の11月のことだ。

 「砲丸は私の分身です。とても中国には出せない。大事に使ってくれる選手には申し訳ないが、職人としての意地があります」

 五輪の砲丸は、審査を経て認められた数社の製品が公式球となり、選手は競技場でその中から使用球を選ぶ。アテネでは、決勝に残った8選手中7人が辻谷さんの砲丸を選択した。他の砲丸はインド製がかろうじて4位に入っただけだ。

 世界のトップ選手が「1〜2メートルは記録が伸びる」と評価する「魔法の砲丸」の辞退で、北京五輪の優勝記録が少なくとも1メートルは短くなるとの予測もある。

このニュースの写真

小さな町工場で五輪メダルを独占してきた砲丸(手前)を作る辻谷政久さん
PR
PR

PR

イザ!SANSPO.COMZAKZAKFuji Sankei BusinessiSANKEI EXPRESS
Copyright 2008 The Sankei Shimbun & Sankei Digital
このページ上に表示されるニュースの見出しおよび記事内容、あるいはリンク先の記事内容は MSN およびマイクロソフトの見解を反映するものではありません。
掲載されている記事・写真などコンテンツの無断転載を禁じます。