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【もてなしの心】「センスが光る3代目女将。浴室には、アヒル隊長の玩具も」 (1/2ページ)
南国らしく椰子(やし)の木が立ち並び、正面に秀峰・眉山を望むJR徳島駅前。この阿波の玄関に戦後まもなく創業し、徳島市内有数の地場資本の宿泊施設となったのが「阿波観光ホテル」だ。県内唯一の日本ホテル協会会員店として洗練されたサービスを提供する一方、家庭的なもてなしに心を砕いているのが3代目の女将、岡田典子さん。部屋に置かれた癒やしグッズや家庭料理のような昼食バイキング、徳島弁での出迎えなど、感性細やかな接待が“豊かさ”を生み出している。
(徳島支局 豊田大祐)
阿波観光ホテルが同地に設立されたのは、太平洋戦争での空襲の傷が癒えていない昭和24年11月のこと。建設業を営む岡田家の自宅を改装した木造2階建ての旅館として出発した。
典子さんは「市内の復興はこれからという状況。泊まる施設もなかったため、地元からの強い要望もあって、開業に踏み切ったようです」と説明する。
初代女将は祖母の光代さん(故人)。夫の元蔵さん(同)が建設業を引き継いでいたため、やむを得ずの“登板”ではあったようだが、「女性ながら“男気”があるタイプで、初代社長としてテキパキと切り盛りしていた」と典子さん。市内初の女性社長であり、後に徳島商工会議所初の女性役員になったのも、その才能ゆえのようだ。
宿は開業の翌25年3月、昭和天皇のご訪問で宿舎に選ばれ、一気に名声を博していく。45年には近代的なホテルに改築され、同年、日本ホテル協会に加盟。46年に今の天皇・皇后両陛下が宿泊されるなど、名門の地位を固めていった。
男は代々建設業を継ぐという家柄から、2代目社長も典子さんの母、勝子さんが継承。そして長女の典子さんが3代目となったのが平成15年だった。
「祖母や母の苦労を見てきましたから継ぐのが嫌で。しかし、プライバシーを守り、適度な距離を置いてサービスを心がけるなど基本は自然と引き継いでいたので、なじむのが早かったのも事実です」


