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【街物語】(15)平家の隠れ里 女将さん奮戦記 (1/3ページ)

2008.3.16 08:36
このニュースのトピックス街物語
小雪の舞うなか水色の粋な着物姿で太鼓橋にたたずむ「本家伴久萬久旅館」の大女将、伴玉枝さん小雪の舞うなか水色の粋な着物姿で太鼓橋にたたずむ「本家伴久萬久旅館」の大女将、伴玉枝さん

 「平家はね、世間でははかないイメージが強いけど、そうじゃない。清盛は大陸文化の導入に熱心で革新的な考えの人だった。優雅で人情があった。本当の姿を全国の人に知ってほしい」

 平家が源氏の追撃を逃れ、隠れ住んだ栃木県日光市の湯西川温泉。本家伴久萬久旅館の大女将(おかみ)、伴玉枝(72)は毎年、そんな思いを胸に「平家大祭」に臨んでいる。

 豪壮で優美な祭りは6月5日から7日までの3日間にわたって行われ、全国からおよそ1万2000人の観光客が訪れる。

 玉枝は、住民が武具を身につけ、平家凱旋(がいせん)を再現した「平家絵巻行列」では清盛の正室、時子を、建礼門院と市女笠(いちめがさ)姿のお供女性99人が練り歩く「九十九姫物語」では建礼門院徳子をそれぞれ演じる。

 源平の戦で敗れた平家は一時、藤原町(現日光市)の高原(現鶏頂山)にこもった。だが、一族に男の子が生まれたときに掲げたこいのぼりが、ふもとで見張っていた源氏に反旗のノボリとされ、沢沿いを上流に逃げのび行き着いたのが湯西川温泉だった。

 旧栗山村(現日光市)の元文化財保護委員の伴隆文(69)によると、「平家であることを隠すため、平の崩し字と人を表すニンベンを合わせた伴という名字にして、平家であることを子孫に伝えた」のだという。

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 玉枝の亡夫、道義は平重盛の子、忠実から数えて24代目だった。

 「嫁に来たころはね、お客さんのだれもが行きたくなる観光名所がなかったのよ。それなら、平家が移り住んだ当時の生活を再現する場所を作るのが一番いいと思った」。昭和28年、道義が日光市に開いた事務所の職員に応募。当時、彼には妻がおり、玉枝が女将として迎えられたのは13年後だった。

 「いいお湯、緑に囲まれた川、こんないっぱい自然の宝があるのに…」。東京の小石川で生まれた彼女は、湯西川の住民が平家伝承地であることをアピールしないことがもったいないと思った。

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小雪の舞うなか水色の粋な着物姿で太鼓橋にたたずむ「本家伴久萬久旅館」の大女将、伴玉枝さん
建礼門院の出家とお供の女性の行列を再現、平家大祭の最終日に行われる「九十九姫物語」。一女笠(いちめがさ)から垂れる薄桃色のひよけが艶めかしい
「九十九姫物語」で尼衣姿の建礼門院の役を演じる伴玉枝さん。先頭は公家役の斎藤文夫・日光市長、後ろは琵琶奏女の櫻井亜木子さん
琵琶奏者の櫻井亜木子さん。平家琵琶語りをするときは幽玄な雰囲気を漂わせているが、素顔は陽気でユーモアのセンスがある女性と地元で人気だ
平家落人の地の雰囲気が感じられる老舗旅館「本家伴久萬久旅館」の館内
平家一門の凱旋風景を再現した平家大祭のイベント「平家絵巻行列」。馬に乗っているのは平清盛役の斎藤文夫・日光市長
平家大祭の前夜祭で行われる「火渡りの業」。先頭を切って修験僧が、たいまつの燃える灰の上を裸足で駆け抜ける
湯西川に平家が移り住んだ当時の民家と生活を再現したテーマパーク「平家の里」
木をくりぬいて作った器など平家移住当時の生活用具を展示した「平家の里」の館内
観光客に柵の隙間からもらうえさを心待ちにしている「平家の里」のニホンジカ
モンゴル住居のパオのような形をした「氷とぼんぼりのかまくら祭り」(1月26日〜3月2日)のかまくらと訪れた観光客
「氷とぼんぼりのかまくら祭り」を発案したホテル「花と華」の山城義宣社長。川沿いで雪を眺めながら入れる露天風呂が人気だ
色とりどりのライトで幻想的にライトアップされた氷瀑。本家伴久萬久旅館前の湯西川沿いに作られた
地元の子供たちに民話語りと着付け舞いを教えている「元湯 湯西川館本館」の女将、伴弘美さん。美人で多芸な女将と宿泊客に人気
「竹の宵まつり」で竹筒の飾りをバックに着付け舞いを披露する地元の子供もたち

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