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【産経抄】3月15日
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日本人はいつごろから地球が丸いことを知っていたのだろう。その疑問に天体物理学者の池内了氏が著書『天文学者の虫眼鏡』の中で答えている。少なくとも、江戸時代の前期、元禄のころの天文学者である渋川春海は知っていたというのだ。
▼貞享暦という独自の暦を考案したことでも知られる春海は、天文図を入手するなどして西洋の天文学も学んでいた。球の上に世界地図を描いた地球儀を作り、著書では中国で生まれたらしい「地球」という言葉を使っているそうだ。言うまでもなく鎖国されていた時代である。
▼一方、地動説は18世紀のころから、長崎の通訳らを通して日本にも入ってきていた。しかし、これを「確信」を持って紹介したのは江戸後期の町人学者、山片蟠桃の『夢の代』が最初だという。このころから徐々に宇宙の「構造」を理解するようになったのだろう。
▼それからさらに200年近くがたち、日本はようやく宇宙に「家」を持とうとしている。国際宇宙ステーション内に建設する日本の実験棟「きぼう」である。エンデバーで乗り込んだ宇宙飛行士の土井隆雄さん(53)がその手始めとなる船内保管室の取り付けを行った。
▼「きぼう」が完成すれば、日本人がそこに行って、無重力状態の宇宙でさまざまな実験ができる。地上での科学や医学に大きく貢献するものと期待されているそうだ。必死で星空を見上げていただろう春海らの時代からすれば、夢のような話である。
▼その第一歩を刻んだ土井さんは根っからの宇宙好きで、米国に「私設」の天文台を持っている。兄の幹雄さんが「宇宙人」と呼ぶほどだ。戦後の宇宙開発では後れをとった日本だが、春海や蟠桃らの「探求心」はしっかりと受け継がれていたのだ。
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