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【停車場ストーリー】わたらせ渓谷鉄道・足尾駅 東洋一の往時を偲ぶ銅色列車 (1/2ページ)
栃木県日光市足尾町の渡良瀬川上流。たった1両のディーゼルカーが渓流沿いを走り抜けていく。「わ鉄」の愛称で親しまれているわたらせ渓谷鉄道。その銅(あかがね)色に統一された列車は、かつて東洋一の銅産出量を誇った足尾銅山の銅を運ぶ貨物路線だった。
現在の終点、間藤(まとう)駅の一つ手前が足尾駅だ。
「足尾駅は、足尾地区の文化の中心。古河鉱業の役員宅や社員寮、そして料亭もあった」と当時を知る足尾銅山生協「三養会」顧問の高橋栄一さん(75)はいう。最盛期の大正5(1916)年には、県内2位の3万8428人が生活していた旧足尾町。生活物資などの配送基地が足尾駅だった。わ鉄の前身、旧国鉄の足尾線が群馬県桐生市などから運んだコメやしょうゆなどの食料品を足尾駅で「ガソリンカー」と呼ばれた軽便鉄道に積み替え、足尾銅山で働く坑内員たちの住む小滝、通洞、本山などに運んだ。
「本当ににぎやかでした。会計(給料)をもらうと飲み屋はどんちゃん騒ぎでしたねえ」と話すのは、この地で生まれ育った森田進さん(77)。
だが、足尾駅の古い木造駅舎にはかつてのにぎわいはなく、ボロボロになったディーゼルカーが4両留置されていた。山沿いを伝い吹き下りてくる寒風に身をこごめ、静けさの中で遠い昔を想起する。
昭和48(1973)年の足尾銅山閉山後、住民はこの地を離れ、過疎化が進行した。旧国鉄時代に機関士として輸入鉱石を運んだ杉健男さん(65)は言う。「線路の両側には多くの家々が立ち並び、にぎやかな様子が伝わってきた。今はその面影もない」
わ鉄は今、旧足尾町の約3700人の通勤、通学、通院の足となっている。同社の松島茂社長(55)は「将来的にはもっと過疎化は進むでしょう。そのためにもわ鉄の観光路線化に力を入れています」と説明する。その一例が、トロッコ列車。春には新緑を、秋には紅葉の渓谷を走り抜ける臨時列車を走らせて多くの観光客を集める。
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