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【探訪〜あの日あの時代】「炭鉱の町」を見守る巨大なシンボル 福岡県・志免立坑櫓
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夕闇の中に、異形の巨大な灰色の建物が浮かび上がっていた−。福岡空港から車で10分ほど、福岡市のベッドタウンである志免(しめ)町が、かつて炭鉱の町として栄えたことを物語る「志免立坑櫓(たてこうやぐら)」だ。
志免鉱業所に立坑櫓が完成したのは第二次世界大戦中の昭和18年。高さ53・6メートル、直下に掘られた竪穴は430メートル。炭鉱労働者や資材、採掘した石炭を運搬する巻上機を設置するために造られた“エレベータータワー”である。
明治22年の開坑以来、戦前は海軍の軍艦、戦後は国鉄の機関車の燃料を確保するための国営採炭場として繁栄した同鉱業所。昭和30年代前半には年間50万トン超の産炭量を誇ったが、エネルギー革命の進展で徐々に縮小を余儀なくされ昭和39年、75年の歴史に幕を下ろした。
「福岡や北九州一円に数多くの炭鉱がひしめくなか、国を支える『国営』の志免鉱業所に勤めていることに職員は皆誇りを持っていた。立坑櫓はその象徴だった」
そう語るのは14年間、志免鉱業所で勤務した吉松輝さん(79)。しかし、時代の流れには逆らえず昭和30年代中ごろからは人員整理が始まった。
「また帰って来るけんね」。こうつぶやきながら、立坑櫓を仰ぎ見つつ去っていった多くの同僚たち。吉松さんにとっては今でも忘れることのできないシーンだ。
閉山から40年余り。志免町は立坑櫓の解体か保存かで絶えず揺れ動いてきた。平成17年秋、積極的な補修もしないが、解体もしない「見守り保存」の方針を決定。昨年7月には国の登録有形文化財に指定された。
国を支え、町を支えてきた立坑櫓は炭鉱の町の象徴として、これからも町を見守り続ける。 (写真報道局 古厩正樹)



